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HABITAは、MISAWA internationalの大断面木構造住宅の新ブランドです。新しい200年住宅の時代を作ります。



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2006年05月31日

日本は平和だった

縁側は外国人にとって外か内か分からない不思議な空間に見えるようですが、この曖昧さこそが縁側の最大の特徴なのです。そして、この曖昧さは日本人の特徴でもあり、それは言葉にも表われます。
 「やぁ、先だってはどうも」
 「いやいや、こちらこそどうも」
今でもこんな調子の会話が交わされます。これでは、どうもどうなのか、例の何の話なのか、そもそもその話はうまく行っているのかいないのか、少しもはっきりしたことが分かりません。「イエス」でもない「ノー」でもない曖昧な言葉が大手を振って使われているのです。
こういった曖昧さからは、あまり争いごとは出てきません。「ファジィ」「玉虫色」だからです。日本人は相手を傷つけない、おもんばかる、平和を好む民族ということでしょう。

日本の家とヨーロッパの家を比較してみてください。対照的であることがわかります。ヨーロッパの家は窓が小さく、大きな開口部がなくて、内と外とが厳重に分離されています。開放的な日本の家とは大違いです。

この日本とヨーロッパとの違いが何に由来するかと言えば、戦争の仕方の違いにたどり着きます。日本の戦争は、たぶん単一民族のせいか、戦争とは言いながら多くのルールがそれを規制していました。民家は焼き払わない、女・子どもは殺さない、白旗を掲げた敵を襲ってはならない、名乗ってから戦わない男は卑怯だ、等々の規制がなるべく多くのものを殺さない方向へ圧力をかけていたのです。これでは、西欧からすれば単なるスポーツにしか映らないでしょう。
日本の場合、あくまで重要なのは権力闘争であり、どちらが強く、どちらが権力を握るのか、ということさえはっきりとすればそれでよかったのです。西欧の戦争の基本は血と血の争いです。戦争が始まると村の中にまで敵が攻めてきて、女・子どもまで皆殺しにしてしまいます。したがって、家の機能は何よりも外敵から完全に身を守ることに主眼が置かれました。その結果、家の窓はどんどん小さくなり、鉄格子を付けました。家の周囲はしっかりと石で固められ、玄関には大きな鍵がかかり、一軒一軒の家がそれぞれ一個の城となったのです。

西洋建築の歴史の背後にあるこの厳しい現実を見れば、明治時代までは鍵さえなかった日本の住宅の開放的な家が、どれほど理想的なものであるか理解されるでしょう。そして、この家が、あらゆる面で日本人の柔軟さを育ててきたのです。
まさに、家こそが日本人の争いごとを嫌う平和な気質の元になっていたといる要因の一つでしょう。最近、あまりにも嫌な事件が続発していますが、これももしかしたら家の構造が変わってきているせいかもしれません。

2006年05月29日

縁側を理解する

私はずっと日本の住宅にこだわってきました。住宅に関われば関わるほど、住まいには日本の文化が凝縮されていると感じます。縁側、障子、床の間、畳など、住まいを見回せば日本の気候風土に合った、日本人の精神性が結集された優れたものがちりばめられています。これから、それらについて述べさせていただきますが、つい長くなります。私の思い入れの深さに免じてご容赦いただければと思います。

縁側は、かつて日本の住まいに当然のようにありました。縁側の“縁”とは中国服の袖口の飾りを指します。この飾りは、生地の糸のほつれを防ぐ役目と、すり切れやすい袖口を補強する役目を持っていました。縁側の役目も、基本的にはこれと同じです。木や紙、土といったやわらかい素材でつくられている日本の住宅を厳しい環境から守るのです。また日本の家屋は基本的に高温多湿の夏に照準をあわせたつくりになっています。その観点からも縁側は不可欠だったのです。

座敷と庭を結ぶ“つなぎの空間”である縁側は、人と自然、個人と社会をつなぐ空間ともなり、独特の文化、独特のスタイルを育んできました。外国人には、外か内かわからないこの空間が不可思議であるようです。たしかに縁側は屋根も庇をついているから屋内スペースとも思えるし、雨戸を開け放ってしまえば、吹きさらしの屋外のようでもあります。実はこの曖昧さこそ縁側の最大の特徴、持ち味であり、さらには日本人の特徴でもあるのです。縁側に座ったことはありますか。足は靴を履いたまま外に、体は廊下に座り内に入れる。内でない外でもない空間が居心地がいい。お茶をいただき世間話をするそれが縁側。

日本人は畳の部屋はもちろん内側、そして縁側も内側、庭の飛び石も内側、裏山も内側、空に浮かぶ雲も内側、つまり内と外とがはっきりせず、二つの世界が連続している意識を持っているのです。まさに曖昧な世界です。日本語には「イエス」でもない、「ノー」でもない、「まあ、そういうことで」といった言葉があります。何だかよく分からない、そういう曖昧な言葉が日本人は好きなのです。そこからは争いは出てきません。日本人は本来、平和を好む民族なのです。玄関でなく縁側からも人は自由に出入りできます。家も開放的な平和な構造になっているということです。

2006年05月26日

古い正しいことを新しい方法でやる

現地調査の話をしましたが、こんなひどい話もあるので要注意です。ある意味、情報操作ということです。

東京の近郊とあって、不動産業者は豊かな周辺の自然環境をうたい、「いろいろな鳥が来ます。ウグイスも鳴きます」とパンフレットに謳いました。ところが、現地案内でお客様を連れてきても、そんなに都合よくウグイスは鳴いてくれません。お客様は「ウグイスなんて鳴かないじゃないですか」そこで、一計を案じた営業マン。森の中にウグイスの鳴き声を録音したテープレコーダーを備え、案内するたびに、「ホラ、ウグイスが鳴いていますよ!」鳴かないウグイスを鳴かせたのは、信長ばかりではない!「本当にウグイスはいました。ただ、家が建ったらウグイスはいなくなってしまったのです」と営業マンは言い張るのですが―。

郊外の新興分譲地となれば、そう頻繁に電車が来るわけではありません。現地案内したお客様に、帰りなど駅であまり待たせると、「電車の本数が少ないわ。不便ですね」となる。 そこで、営業マンは事前に電車の時刻表をしっかり調べておき、電車の到着時刻ギリギリまで現地案内をし、説明をする。「ありがとうございました。よろしくご検討ください。では、駅までお送りします」 駅に到着するのは電車が来る1、2分前。すぐに切符を買って、「ああ、電車が来ました。ありがとうございました」 バス、電車の時間ぐらい調べていって下さい。

2006年05月24日

文明50、文化50でなければならない

住宅産業は一見、工業に属しているように思われがちですが、その実、文化的要素が欠けたら成り立たない産業です。それが“文明50、文化50”という発想です。

文明とは科学であり、技術であり、効率です。人類は文明を発展させて、今の便利で豊かな生活を手に入れました。科学技術の発達によって、人類は月まで行ける時代になったのです。まさに文明の勝利だと思います。一方で、人類は言葉を発し、文字を発明し、さまざまな文化を発達させてきました。壁画や絵画、彫刻といったアートから、文学や音楽といった分野まで、人類はその感性を生かして、さまざまな美を生み出してきました。これらは文明に対して文化と呼ぶものです。

住宅産業はこの文明と文化が半分ずつ必要だというのが、私の持論です。工業化住宅はとくに、技術の粋を集めてつくられます。まさに技術開発がその住宅の性能や機能を大きく左右するのです。一方で、住宅は日本の伝統や文化を継承していくものでもあります。機能だけではなく、デザイン性や快適性、親しみやすさ、和やかさ、ぬくもり、明るさ、あたたかさといった人の五感に訴える部分の追求が不可欠なのです。どちらもおろそかにできないし、また、どちらか一方だけが優れていてもいけない。両者のバランスが絶妙にとれて、それぞれが補完しあうようにして一体化しているのが理想です。技術屋さんだけでもうまくいかないし、内装やデザインに優れた力を発揮する人だけでも完成しない。両者がよくコミュニケーションを図って、一つの住宅にまとめあげるときに、よい住宅ができるのだと思っています。私は技術屋出身なので、住宅のハードの部分に関してもともと関心が高い。しかし、日本の伝統住宅を研究すればするほど、その奥深さに驚かされ続けてきました。この文化に支えられてこその日本の住まいがあるのだと確信しています。

文明だけでは決して住まいにはなりません。人間が生きていくうえで必要なものが欠けているからです。住宅づくりはつまり、人間とは何かを探求していくことにほかならないのだと思っています。

2006年05月22日

住環境は5つ

土地の価値を決定する要因に私は「環境」があると言っています。その住環境には大きく5つあるというのが持論です。①交通環境、②自然環境、③教育環境、④医療環境、⑤ショッピング環境―の5つです。


「交通環境」は、時間距離という視点が大事です。中心から何キロメートル離れているかではなく、どれだけの時間がかかるかなのです。移動するための時間こそが生活、行動を左右するからです。地価は何キロメートル圏ではなく、時間当たり距離で見ることが正解なのです。
「自然環境」は美しい街並みをつくることです。地域の人々が協力して緑の美しい景観づくりに取り組むことが大切なのです。
「教育環境」は孟母三遷の教えの通りです。子どもを育てる、それだけのためにも何度も家を引っ越す価値がある大事なことなのです。周辺に幼稚園、小・中・高校・大学などの学校があるかどうか公立か私立か、さらには進学率や偏差値はどうなっているか。図書館や美術館、コンサートホールなども生涯学習の視点から大切になるでしょう。
「医療環境」は周辺にどんな医療機関があるかです。内科、外科、小児科といった専門医院はもとより、総合病院があればそれにこしたことはありません。それだけにとどまらず医者は名医かヤブかといったことまで本音で知りたい話です。良い医者を選ぶことによってホームドクターになってもらえるからです。
「ショッピング環境」は、日常の生活に必要なコンビニエンスストア、スーパーマーケットはもちろんですが、有名店があるかどうか、高級ブティックはあるか、そば屋、すし屋の味はどうかといった具合です。問題は店の中身です。味はどうか、店の雰囲気はといったことが大事になります。
環境には5つあると言うことです。住まい選びの際には、どんな「環境」があるかを見極めてください。


「土地」については今回で終わりですが、自然を生かしたランドプランニングの優れたものが日本の東京と神戸の2ヶ所にあります。いずれも私は、関わらせて頂きました。一度、御覧になってみて下さい。
お問い合わせ先: MISAWA・international株式会社  03-3348-8031


次回からは「住文化」の話をさせていただきます。

2006年05月19日

土地は神様からの授かり物

フィンランドと似たような経験をカナダでもしたことがあります。カナダの人たちは、土地は水や空気や太陽と同じく、神様からの授かり物と言うのです。そのような神聖でさえある土地を売買するなど犯罪だとさえ言うのです。人間はその土地を、神様から借りて使わせてもらっているという気持ちなのです。使わない土地は誰のものでもないという、土地に対する謙虚さに頭が下がる思いでした。

ここでも、土地は有効に使ってこそ価値が生まれるということを教えられました。人間が暮らすために必要な工夫、快適にするための工夫がされてこそ、土地に価値が発生すると言います。耕して農作物をつくる、住居を建てる、道路を整備する、上下水道を敷く、公園を設ける、などの工夫です。そういうことのために神様から土地を借りているのであって、金儲けのために土地を売買するなど、論外なのです。

バブル期に、「土地神話」という言葉が頻繁に使われましたが、カナダの人が聞いたら、別の意味に受け取るのではないでしょうか。まさか、何の工夫もされていない、単なる土地が「土地」であることを理由に値上がりすることの意味とは受け取らないと思います。日本では、当然不可能な話ですが、土地に対してもっと素朴であれとの示唆のようにも思えます。土地が売買されることがなかった昔に引き返すことはできなくでも、考え方を変えることは、新しいあり方への第一歩だと思います。まず土地に対して、謙虚になることです。

もう一つ、カナダのある町では家の高さを自然の木の高さより低くしています。木は神様が創った物で、家は人間が造った物。人間が造った物が、神が創った物より高いのは失礼だからだそうです。大自然の大木の中に住宅があるのですが、森にしか見えません。素晴らしい街が出現しています。

2006年05月17日

フィンランドでは土地はただ

土地への考え方は、世界でずいぶん違います。土地とどう向き合うか、土地をどう認識しているか。私は世界有数の林業国フィンランドで目からうろこの落ちる思いをしたことがあります。

フィンランドに工場を建設することになり、土地買収の交渉をした際、予定していた3ヘクタールの値段も30ヘクタールの値段も同じだと言うのです。にわかには信じられませんでした。話に行き違いがあるか、通訳が間違っているとしか思えなかったのです。何度もやりとりをし、何度聞いても同じ答えが返ってくるのです。そのうちに、土地そのものは、売り買いの対象にはならないというフィンランドの人たちの土地に対する考え方が分かってきました。我々が交渉しているのは、確かに土地の値段なのですが、彼らは土地ではなく、工場をつくるための電気、ガス、道路建設などインフラ費用のことを言っていたのです。私が活用する土地にまでインフラを付けるための工事費がかかるわけですが、それを負担してくれればその先は1万坪でも10万坪でも結構ですという話なのです。利用・活用されてこそ、土地の価値が生まれるというのが、彼らの考え方です。だから、値のつかない土地はただというのも当たり前のことで、そこをどんな形で生かすか、利用するかが値段を設定する決め手になるというわけです。

日本と比較すれば国土が広く、人口密度も低く、土地に余裕があるフィンランドと同じようにはいかないとの指摘があるかもしれません。しかし、住宅や施設を建てるという純粋な土地活用のためだけに、土地を買うのであれば、いかに国土が狭いといっても、土地神話や土地狂乱は生まれないはずです。いま、土地バブルの再燃が心配されていますが、土地を生かすのではなく、投機のために土地をころがすことの愚は避けなければならないと思うのです。

2006年05月15日

痴漢、ひったくりの多い街

日本の治安の良さは世界一といわれてきました。しかし、今や日本の安全神話が崩れつつあります。犯罪件数が増えているのです。

痴漢や引ったくりの数は、地域によって多少の差があります。よく起こる地域とあまり起こらない地域があるのです。購入予定地域が痴漢やひったくりの多い地域か否か、これは大変気になるところです。もし多く起こる地域であれば、暗い、人通りが少ないなど何か理由があるはずです。不動産購入の際、夜半にその周辺や、駅からその土地までの道を実際に歩いてみる人が、どれほどいるでしょう。昼間はにぎやかだが、夜は電灯も十分でなく、道路沿いの店舗はシャッターを下ろし、住宅も雨戸やカーテンを閉め、漏れてくる明かりもなく人の気配もなくゴーストタウンのようになってしまう街。反対に店や家々からの明かりがもれ、人の話し声や気配が感じられるところもあります。夜道を歩いて購入予定の場所へ行くのは必要なことです。明るさが不十分と感じたら、行政や街づくりに関わる市民のグループなどに、改善の可能性を聞いてみてもいい。また、犯罪に、警察や行政がどのように取り組んでいるかも知っておきたいことです。

自分が直接被害に遭わないまでも、もし痴漢やひったくりの多い街という風評が立ってしまったら住民にとってもマイナスです。そういうイメージを、住民自ら払拭する努力がなされているのか、要するに防犯にどれだけ真剣に取り組んでいるのか、これはそこに住まいを決めようとする際に、重要なポイントになると思われます。比較的犯罪が多発し、それにはそれだけの理由があるのに、それを取り除く努力も取り組みもなされていない地域であるという情報が、果たしてどこまで開示されているでしょうか。

2006年05月12日

名医か藪医者か

一口に病院といっても、多種多様です。周辺に、どのようなタイプの医療機関があるのか不動産を購入する際にはチェックしておきたいものです。

近くにどのような病院があるかを調べてみましょう。一般に大学病院や国立など公立病院は、診療科目も多く、夜間の診療体制も整い、信頼がおけるとされています。ですからまず、最も近くの大規模な総合病院がどこにあるか調べます。徒歩でいけるのか、その場合どのぐらいの時間がかかるのか。車ならどのぐらいでいけるのか。電車やバスなどの交通機関を利用するのであれば、どのようなルートで、時間はどのぐらいかかるかを把握しておきたいものです。これは、病人の行き来だけでなく、入院した際に付き添ったり見舞ったりする家族のためにも知っておきたいことです。しかし、このような大規模な病院は待たされる時間も長く、半日、一日がかりが当たり前で、担当医が週に一回しか診療しないこともあります。

次に最寄りの個人医院を調べます。これは大事なことです。家族構成や家族の体質、持病などによって、必要となる科目も違うわけですから、どこに何科の医院があるかを調べておきましょう。幼い子どもが2人いるのに、小児科の医院まで遠いのでは困ります。母親が車の運転をしないのであれば、なおのことです。高齢者がいれば、またそれなりのチェックが必要でしょう。まあ、あえて言うならご近所に話を聞き、名医かヤブかも知っておきたいものです。やはりヤブは敬遠したい。最近の医療ミスの頻発を見ていると、これが冗談ですまなくなるから恐ろしいです。関連しているので触れておきますが、高齢者のいる場合は、デイケアや介護など、老人福祉の状況も見ておくといいでしょう。共働きの夫婦が家を新築する際、昼間一人で家に残る年老いた母親を第一に考え、老人福祉の充実した街に土地を求めたといった話もあります。

土地を選ぶにあたって、その地域の基本的な生活情報を、一通りチェックすることです。生活する際にネックとなることが見つかるかもしれません。それでもその土地を購入したかったら、そのネックとなるものを解決しておきましょう。そうでないと、住みだしてから、こんなはずではなかったと後悔することになります。

2006年05月10日

暮らしの見える生活情報

住宅情報誌が、書店の店頭にたくさん並んでいます。いいことなのですが、生きた情報、本音の生活情報がどれだけ載っているのでしょうか。不動産情報というものは、広さ、間取り、価格、最寄り駅あたりが最低限の必要要素で、まれに日当たりとか方角、空調設備の有無とかペットの可否などが記してあるものもあります。しかし、その住まいに暮らすということは、その地域に暮らすことであって、地域と切り離して生活は成り立たないのです。ですから、地域の生きた生活情報が必要になります。

公共施設や銀行など金融機関の分布状況、学校の所在地も知りたい。それも公立か私立なのか、偏差値の高さはどうか、幼稚園や保育園はあるか、塾や予備校はどうなのかといった教育環境も重要です。病院は揃っているか。総合病院、個人医院、動物病院などの評判はどうか、夜間や緊急の場合はどうなのかなども知っておきたいことですし、救急車到着までの時間はどのぐらいなのかも大事なことです。おいしいレストランがあるのかどうか。スーパーマーケットやコンビニ、ディスカウントストアは徒歩範囲にあるのか。図書館やスポーツ施設、カルチャースクールなど文化施設についての情報も入手したい。犯罪は少ないか。地域の防犯体制はどうなっているのかも大事なことです。

物価は高いのか安いのか。交通渋滞、騒音、公害などはどうなのか、近くにパートタイムで働ける職場はあるか、そのほか、知りたいことは山ほどあります。そういう生きた情報があって初めて、そこに暮らすイメージがわいてくるのではないでしょうか。そういう情報はとくに主婦であればなおさらです。生活情報が大切ということです。

2006年05月08日

騒音、CO2付き住宅

車から出される排気ガスの規制が厳しく、環境問題も取りざたされています。車社会であり、多くの人が車の恩恵を受けていますが、住まいの周辺となると話は別です。住居が坂道の途中にある場合など、上り坂を上る車は平坦な道路を行く場合よりエンジンをふかすので、吐き出される排気ガスの量も多くなります。交差点でも同様なことが言えます。いったん停止して、発信させるとなると、排気ガスが多く出ます。排気ガスによる公害が問題視されるケースは、今も日本全国にあると思います。

車の交通量の多い交差点付近や坂道の始まる周辺で不動産を販売する場合も、情報の明記が求められます。ただ排気ガスの排出量が多いというだけなら、誰にでも分かることです。そんな簡単な情報でなく、どの程度の量が排出され、しかも一日のうちでどの時間帯に多いのか、季節的にはどうなのか、天候によって違うのかといったきめ細かな調査をして、示してほしいと思うのです。

騒音にしてもそうです。高速道路、空港、鉄道、交差点などの近隣では、しばしば騒音に悩まされることになります。学校や幼稚園、公園などの近くもうるさいので住みたくないという人もいます。土地や家を下見した際には、たまたま遭遇しなかったとか、気にならない程度だったのだが、実際に住んでみたら、騒音がひどかったということはよくあります。時間帯、曜日などによって異なるので、下見の際に把握することができなかったのです。

不動産を販売するということは、たしかに住まいという入れ物を売るのですが、そこに住む人は快適な暮らしを求めているわけです。家は、暮らしそのものの提案だと考えるのです。

2006年05月05日

不動産のグローバルスタンダード

これまでの不動産情報がどんなものかを考えると、一口に言って単に売り手側が都合のいい情報を流しているだけの最低限レベルのものであり、買い手側にとっての最高の情報ではなかったということです。かつての階級社会の「よらしむべし、知らしむべからず」といった感じです。不動産情報に関する限り、外国から見れば“情報鎖国”のように移ったかもしれません。こうしたなかで、“不動産図書”を作成する動きとなっているのですが、当然ながらそれは消費者の立場に立った情報開示のためです。具体的には不動産図書が狙うのは不動産情報の一元化、透明性、公平性、信頼性です。

「一元化」は官と民が同一レベルの情報を共有する仕組みを構築しようということです。不動産に関わる都市計画や税制など消費者に分かりにくい状況を官民それぞれ同じ目線にしようというわけです。

「透明性」は、7800項目といわれる不動産のもつ多岐にわたる情報をオープンにし、リスク情報も開示、従来の売り手だけに都合のよい情報にブレーキをかけます。広告規制での公開性の基準のほか公正取引委員会などの基準に合わせて、消費者に不利な点をも重要事項の項目とします。リスク情報の開示であり、不透明な部分の排除です。

「公平性」は、売り手側の価格だけでなく、購入者側の立場に立っての土地価格指標の提示です。売り主、買い主の双方が納得する価格での取引というわけです。

「信頼性」は、関係省庁はもちろん、公認会計士、税理士、不動産鑑定士、弁護士、司法書士、一級建築士ら不動産・住宅のプロを統合して作成するということです。信頼感ある不動産の流動化を促進することになるでしょう。不動産情報のインフラ整備といってよいと思います。

一元化、透明性、公平性、信頼性―という、この4拍子がそろっての不動産情報こそ、まさに国際水準であり、外資にも安心の取引を促すことは確実です。そして何よりも、バブルを招き、バブルをはじかせた元凶のブラックボックスといわれた不動産情報を陽の当たる場所に出し、不動産流通市場を正常なものにしようとする努力です。日本RTS、正式名は、日本不動産総合評価トラスト株式会社です。

2006年05月01日

150項目対2000項目の格差

外資の日本での不動産買いが目立ちましたが、そうした外国企業から噴出している日本の不動産市場への不満の一つが情報開示の遅れであり、情報量の不足です。物件を購入しようと思っても、購入するための評価、判断基準があまりにも少ない、ということなのです。

日本では不動産物件の情報には重要事項説明がありますが、これは項目数にして150ほどでしかありません。しかし、米国の場合は2000項目から3000項目が普通です。不動産の履歴はもとより、地勢、洪水、地質、さらには周辺環境など細部にわたる記述がなされています。収益還元方式で買値をはじき出すための必要データが整備、開示されているということです。

だいたい、日本の不動産の権利証は、登記済証という登記申請手続きの確認書であり、その内容は単なる登記簿の写しでしかありません。権利関係だけしか分からない数枚の貧弱なものです。何千万、何億円という大金で取引される権利証としてはあまりにお粗末で、よく考えれば不安になってしまいます。その点、米国のものは2000~3000項目なのですから分厚くなり、不動産図書と言います。見た目だけでも信頼感が出ようというものです。

こうした不動産情報に慣れた外国企業から、もっと詳しい不動産情報が欲しいという要求が出てくるのは当然です。日本でも、こうした信頼度の高い「不動産図書」の作成と、その活用が待たれます。

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