MISAWA international

HABITAは、MISAWA internationalの大断面木構造住宅の新ブランドです。新しい200年住宅の時代を作ります。



メインメニュー


« 古い正しいことを新しい方法でやる | メイン | 日本は平和だった »

01

縁側を理解する

私はずっと日本の住宅にこだわってきました。住宅に関われば関わるほど、住まいには日本の文化が凝縮されていると感じます。縁側、障子、床の間、畳など、住まいを見回せば日本の気候風土に合った、日本人の精神性が結集された優れたものがちりばめられています。これから、それらについて述べさせていただきますが、つい長くなります。私の思い入れの深さに免じてご容赦いただければと思います。

縁側は、かつて日本の住まいに当然のようにありました。縁側の“縁”とは中国服の袖口の飾りを指します。この飾りは、生地の糸のほつれを防ぐ役目と、すり切れやすい袖口を補強する役目を持っていました。縁側の役目も、基本的にはこれと同じです。木や紙、土といったやわらかい素材でつくられている日本の住宅を厳しい環境から守るのです。また日本の家屋は基本的に高温多湿の夏に照準をあわせたつくりになっています。その観点からも縁側は不可欠だったのです。

座敷と庭を結ぶ“つなぎの空間”である縁側は、人と自然、個人と社会をつなぐ空間ともなり、独特の文化、独特のスタイルを育んできました。外国人には、外か内かわからないこの空間が不可思議であるようです。たしかに縁側は屋根も庇をついているから屋内スペースとも思えるし、雨戸を開け放ってしまえば、吹きさらしの屋外のようでもあります。実はこの曖昧さこそ縁側の最大の特徴、持ち味であり、さらには日本人の特徴でもあるのです。縁側に座ったことはありますか。足は靴を履いたまま外に、体は廊下に座り内に入れる。内でない外でもない空間が居心地がいい。お茶をいただき世間話をするそれが縁側。

日本人は畳の部屋はもちろん内側、そして縁側も内側、庭の飛び石も内側、裏山も内側、空に浮かぶ雲も内側、つまり内と外とがはっきりせず、二つの世界が連続している意識を持っているのです。まさに曖昧な世界です。日本語には「イエス」でもない、「ノー」でもない、「まあ、そういうことで」といった言葉があります。何だかよく分からない、そういう曖昧な言葉が日本人は好きなのです。そこからは争いは出てきません。日本人は本来、平和を好む民族なのです。玄関でなく縁側からも人は自由に出入りできます。家も開放的な平和な構造になっているということです。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)




三澤ブログを検索:
アーカイブ