MISAWA international

HABITAは、MISAWA internationalの大断面木構造住宅の新ブランドです。新しい200年住宅の時代を作ります。



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2006年06月30日

内型余暇は日本の伝統文化

経済的に余裕ができ、時間にも余裕が生まれると、いかに有効に余暇を過ごすかという問題が浮上してきます。余暇の過ごし方には種々あります。余暇には、内型レジャーと外型レジャーの二通りがあると思います。

外型とは、文字通りアウトドア、主に体を使います。海や山など自然の中、または街中など、外に出て行う遊びやスポーツです。文化の少ない米国流です。内型とはインドア、屋内で頭脳を使うものが多いのです。囲碁、将棋、麻雀や俳句、短歌づくり、華道、茶道、書道、絵画などが挙げられます。日本にはいろいろな文化があります。ヨーロッパも古い歴史とともに文化を持つ国が多いのです。

現在では余暇というと、外型をイメージするのが一般的です。しかし、豊かな生活における余暇とは、刹那的に高価なレジャーを外に求めるのではなく、自分にあった自由な時間をゆっくりと家の中で過ごすことの方が、むしろ本格的で豊かな生活における過ごし方だと思います。

最近、ホームパーティを開いたり、同じ趣味をもつ近所の人たちが一軒の家に集まり趣味に興じたり作品を披露しあうなど、余暇の舞台を家に求める人たちが少なくありません。また、家には家族それぞれ落ち着ける空間というものがあります。父親は専用のデスクの置かれた廊下の突き当たり、母親は対面キッチンのカウンター、祖母は南に向いた和室の堀コタツ、子どもはリビングの床の上などなど、それぞれの大事な居場所です。家の中にあって、そこはふっと自分を取り戻す空間、癒される空間なのかもしれません。

2006年06月28日

住宅の言葉

日常使われる言葉の中には、住まいの専門用語に由来する言葉が多いのは住まいが文化になっているからでしょう。

「大黒柱に郷愁と安心感を抱きます。」
ある年齢層の人たちにはそんな方が多いのではないでしょうか。大黒柱は、家を支える重要な柱で、昔の日本家屋には他の柱よりひときわ太く丈夫な柱が備わっていました。大きな屋敷にも、小さな庶民の家にもそれなりの大黒柱があったのです。働き手の父親を一家の大黒柱と呼ぶのも、そんな理由からです。現代の大黒柱は、家を支える柱とはひと味もふた味も違います。内部にダクトを設け、配管配線設備を組み込んだ、機能する柱のことでしょう。

「うだつが上がる」
という言葉があります。「うだつ」は「うだち」が転じた言葉ですが、うだちとは、屋根の梁の上に立て棟木を支える短い柱のことをいいます。冨のシンボルとなりました。うだつが上がるか否か、家の経済状況を表しました。

「うだつが上がらない」
という言葉は、逆境から抜けられずに、いつまでも恵まれないという意味で使われています。

「几帳面」
というのがあります。柱窓枠の面のことを言い、一番上等な面です。材料が良くなければ作れない面です。

「昼行灯」
というのは、昼からぶらぶらして人力がない人。役に立たない人のことでしょう。

他にもいろいろあります。

2006年06月26日

玄関

玄関は正式の出入り口であり、内外のけじめをつける場です。履物をはくとさあ行くぞという外向きの気分になり、帰宅して履物を脱ぐと、ホッと緊張から解放されます。玄関は気持ちの切り替えの場所なのです。

突然の訪問客があったときなど、玄関はとてもありがたい場所です。わざわざ上がってもらうほどの用件ではなくても、訪ねてきた客を立ちっぱなしにさせておくわけにもいきません。上がり框に腰をかけてもらえるし、お茶も出せます。部屋に上がってもらう場合も身なりを整えたり、部屋を片付ける間、少々待ってもらうにも玄関ならさほど失礼ではありません。

若い独身者がよく住んでいる、ドアを開けるといきなり部屋というワンルームマンションは、けっこう不自由なのではないでしょうか。そういえばアメリカの一般住宅も、ドアは二重になっていますが、玄関のようなワンクッションがなく、入るといきなりリビングとなる。私の知人はアメリカ人に、狭い家なのに玄関は無駄ではないか、玄関をなくして居室を広くしたらいいのではという意味のことを言われました。この意見、どう思われるでしょうか。ムダも日本の文化のはずです・・・。

間がないものを「間抜け」と言います。「間」を日本人は皆んな理解しています。よい建築物は「間」があることだと思います。日本の音楽と同様に、日本人は時間の「間」、空間の「間」を発見しているのです。

2006年06月23日

湯の文化

千葉大学名誉教授の清水馨八郎(しみず・けいはちろう)さんは、お風呂に関しては一家言あります。清水さんは、日本人がこんなに優秀なのも、日本経済がこれほどまで発展したのもお風呂の文化があったからだといいます。そして日本人が健康で長生きできるのも湯のおかげだと。私も同感です。

西洋のお風呂はシャワーが中心です。湯船があっても浅くて肩まで浸かれません。外国に行ったときにお風呂に入ると、湯船が浅くて物足りない思いをします。その点、日本の湯船は深く、肩までお湯につかると体があたたまって気持ちがゆったりしますし、疲れもとれます。また、お風呂は一人になれる空間。毎日、湯船に浸かると不思議と反省をしています。つい、いつも長湯になり、お風呂を出たあとも体がほてったままで、すぐには寝付けないので、しばらく新聞や本を読んだりする。これを毎日繰り返していると、結構な勉強量となっているのです。

「湯」という言葉はアメリカやヨーロッパ、中国にもありません。日本語独特の表現です。“Hot Water”というのは“あたたかい水”を指します。湯の文化は日本に根深く残る独自の文化なのです。

お風呂談義については、ノーベル学者の利根川進さんとも既に花を咲かせたことがあります。米国での研究活動が長い利根川さんですが、大の相撲ファンで米国にいても番付表や力士の星取表を取り寄せるほどでした。その利根川さんが「日本のお風呂が欲しいんですが」と言い出されたのです。身体を深く沈め、ゆったりと浸かることのできる和式風呂ということです。利根川さんのご友人で、数学者の広中平祐さんもお風呂大好き人間で、お風呂に入っているとき、思わぬヒラメキや考えが浮かぶことがあると言われていました。日本を代表する頭脳が日本式風呂を礼賛する。これはやはり湯の霊験あらたかということでしょう。

私はもともとあまりお風呂が好きでなく、清水さんに言われてから、毎日入るようになったのですが、もう少し前から入っていれば、と今悔やんでいます。

2006年06月21日

土間の便利さ

縁側は曖昧で不思議空間と言いましたが、土間もなかなか不思議な空間です。屋根があり屋外とは壁で仕切られているので、屋内なのですが、床は地面で履物を履いたままでいる場所です。屋外と屋内との間にある緩衝地帯のようなものです。収穫物、食料、薪などの燃料や農耕機具の収納場所でもあり、倉庫でもあり、地方によっては家畜の小屋でもあったのです。井戸を掘り、竃をもうけて、洗い場を作るという形もあり、土間は実に幅広い使い方のできる生活になくてはならない空間でした。

今でも土間のある家に住んでいる夫婦がいます。家を建てる際、わざわざ土間を造ったのです。土間に大きな火鉢を置き炭をおこし、太い梁から自在鍵を吊るして鉄瓶をかけています。周りには切り株やら簡単な木の椅子があります。ふらっと訪れた気心の知れた友人や、座敷に通すほどの用件でもない訪問者とは土間で会い、用をたしています。訪問者は皆土間からやってきて、切り株や上がりかまちに腰掛け、世間話などをします。靴は履いたままですが、屋内にいる曖昧さがいいのです。

家庭菜園で野菜を作っている彼らは、収穫した野菜の泥を土間で落とし台所に運びます。自転車とバイクの収納場でもあり、洗濯物を干すこともあります。柔軟な日本の住まいのなかでもとくに柔軟な場所です。

今の住宅は玄関で靴を脱げばすぐに室内。訪問客とはインターフォンで応対する。近所の人がやってきても半開きのドア越しの会話はいかにも落ち着きません。土間がなくなった分、玄関でのコミュニケーションにもゆとりがなくなってしまいました。住まいの遊びの部分を切りつめてしまうと、心のゆとりをなくす結果となるのです。

2006年06月19日

「室礼」という伝統

「室礼」という言葉があります。「しつらい」と読みます。室礼とは設けととのえること、飾りつけること、晴れの日には、その日に応じた調度品を調える、そんな意味合いの言葉です。

元来、日本家屋の部屋には決まった目的や用途が決められていませんでした。あるときは客を迎えもてなす客間になり、あるときは家族が集まる団欒の間となり、あるときは行事のための部屋になるという具合です。そのために目的、用途に添って床の間の掛け軸や生け花といった装飾品や屏風、座布団といった生活の備品を変化させてきたのです。もともと部屋に備え付けられているものや、常時設置されているものはほとんどなく、それらのモノで部屋に性格を与えるという手法でした。これが室礼です。外国人が初めて見る日本の住まいの簡潔さに驚かされたという話はよく耳にします。家具とか調度品が備え付けられていないのです。

四季をもつわれわれ日本人は、生活の中に季節感を取り込み、四季折々の恵みを生かし、季節ごとの行事や習慣、生活にアクセントをつけ、気持ちを切り替えながら暮らしを営んできました。たとえば、端午の節句に柏餅を食べるという習慣があります。なぜ柏の葉なのか。柏の木の葉は新芽が生長するまで決して散らず、新芽を守る性質を持っています。その柏の葉にあやかり、先人は端午の節句に柏餅を食べる風習を生んだのです。七夕や月見の行事も、季節の収穫を神に供え感謝したことに端を発しています。冬になれば火鉢を出し、夏になれば簾やよしずを取り付け、祭りには祭礼用の提灯を吊るし、正月には門松を飾るというように、季節や行事に合わせたバラエティに富んだ家具や調度品を用いました。

室礼は土地柄やその家々の家風と相まって、母親から娘へと脈々と受け継がれてきました。しかし、戦後、核家族化、住まいの西欧化、女性の社会進出が著しくなり、この美しい文化はまたたくまに影を潜めてしまったのです。モノに囲まれ一見豊かに見える今の生活ですが、どうでしょう。心の豊かさという点では疑問符をつけざるを得ないのですが――。

2006年06月16日

究極の掛軸「生掛け」

窓の外の景色を一幅の絵にしてしまう、そんな大胆な発想で客をもてなす茶室が日本にありました。

京都市北区にある鹿苑寺。臨済宗相国寺派の寺で、その舎利殿は通称、金閣と言います。この金閣があまりにも有名になったので、寺そのものが金閣寺と呼ばれるに至ったのです。私は、この金閣寺で開かれたお茶会に招待されるという幸運に巡り合わせました。母屋に招き入れられ、茶室に案内されました。目の前に床の間があります。ところが、そこにかけてある掛軸の木が、どうしたものか、ちょっと動いたような気がしたのです。目がくらんで動いたのかなと思ったのですが、よく見ると外の景色だったのです。お茶会は夕方から始まるので、最初は明るくはっきりと見えていた景色も、次第に色を失い、墨絵のように見えてきます。すっかり暗くなるころには、金閣だけが墨絵の中に浮かんで見えます。刻々と掛軸の絵が変わっていくということを、床の間に穴を開けることで演出しているのです。

普通のお客様のときは、そこに本当の掛軸を飾っています。しかし、大事なお客様を迎えるときだけ掛軸をはずして、秘蔵の「生掛け」をお見せするというわけなのです。生掛けは外の風景を額縁に入れて、刻々とその色を変える絵にしてしまうという天才的な発想です。日本人の感性の素晴らしさに驚くほかありません。

2006年06月14日

「ふすま」という間仕切り

日本固有の住まいの間仕切りは「ふすま」です。プライバシーが守られないとの理由から若い人には評判がよくないのですが、日本人の素晴らしい知恵から出来ています。

あるとき100年近く経つという日本家屋に住む人を訪ねました。通されたのが40畳ほどある座敷でした。三世代同居とはいえ、ごく普通の家族が住む家です。その広さに一瞬戸惑ったのですが、よく見ると縦横にふすまの敷居が走っているのです。しかしふすまは全て取り払われていて、ふすまをはめると大小5つの部屋になることが分かりました。その日の夕方から地域の集まりがあり、そのためにふすまを取り払ったところだということでした。家族だけのとき、集まりがあるとき、泊りがけの客があるときなど、そのつど自在にふすまをはめたりはずしたりするのだそうです。自由自在になる空間を持てるわけです。

障子やふすまより簡単な可動式の間仕切りに、衝立や屏風があります。行事や儀式に合わせ、人数に合わせ仕切りをするのです。どこにでも自由に持ち運びできます。屏風であれば折り畳んで幅を加減することもできます。可動式の間仕切りによって空間を仕切りながら、開放するというこの発想は、本当に合理的というほかない鮮やかさです。

ただ、このような間仕切りでプライバシーは守れるのか、守らなくていいのかという声もあるのは事実です。たしかに目隠しはできても音や声を遮断することはできません。しかし、これらの間仕切りは、障子が閉まっているときは開かない、衝立の向こうは見ないという「約束事」のうえに成り立つものなのです。音は聞こえるが、それは生活のなかにある自然の音として聞けばいいということです。つまり、それは家族間の信頼や尊敬を意味するのだと思います。心のプライバシーです。

2006年06月12日

障子の繊細の美

谷崎潤一郎の著書「陰翳礼賛」のなかにこんな一節があります。「大きな伽藍建築の座敷などでは、庭との距離が遠いためにいよいよ光線が薄められて、春夏秋冬、晴れた日も、曇った日も、朝も、昼も、夕も、殆どそのほのじろさに変化がない」

そして、そのような部屋にいると、「時間の経過がわからなくなってしまい、知らぬ間に年月が流れて、出てきた時は白髪の老人になりはせぬかというような、『悠久』に対する一種の怖れを抱 いたことはないだろうか」

谷崎は日本座敷の持つ神秘性は障子や砂壁、床の間などの醸し出す「陰翳の魔法」によるとしています。まさに日本家屋の美しさは、凛と張りつめた繊細な感性といえるでしょう。障子は機能性、快適性という面からも優れた存在です。ガラスより断熱性能が高いのです。田舎の古い家などの障子の窓は寒いように見えますが、実はガラス窓より暖かいのです。障子はリフォームも簡単にできます。年末に一家総出で障子を張替え、正月を迎えます。これは、家族のコミュニケーションを育む大切な行事だと思います。障子に張られた和紙は、湿度が高くなると湿気を吸収し、乾燥すると水分を吐き出す湿度調節機能をもち、じめじめした梅雨時などに真価を発揮します。また、和紙の持つフィルター効果も見逃せません。和紙は空気を通しますが、空気の温度は紙の部分に残ります。冬、室内が暖かいときは室内の温度を保ちつつ換気をし、外気は障子紙のぬくもりを拾って室内に入ってくるので寒気が和らぎます。障子は、江戸時代以降、庶民の窓がわりとして普及していくこととなるのです。そのほか、空気ろ過作用や日光を直接受け止め、有害な紫外線をカットする効果もあります。

美と機能性を併せ持つ障子。うまく取り入れれば、洋室にもマッチします。私は、障子は住宅分野における世界規模の発明だと思っています。この日本的美の象徴を今後も大切に守り伝えていきたいものです。

2006年06月09日

引き戸がいい

風邪を引いて横になられているお年寄りを見舞ったことがあります。古い日本家屋で庭に面して長い廊下があり、廊下と部屋は障子で仕切られていました。

秋の夕方で、廊下のガラス戸はすべて閉められていましたが、お年寄りの目の位置に当たる障子が少し開いていて、横になったままで庭が眺められるようになっていました。奥様は部屋に出入りするとき、必ず膝をつき両手でふすまを開け閉めされていました。ご自分の体が通るくらいの幅に開けていらっしゃいました。とても美しい光景でした。それから隣室とを隔てるふすまも細めに開けてありました。隣室にいらっしゃる奥様に声をかけたとき、聞こえやすくしているのでした。

ドアと引き戸はどちらも開閉することで空間を仕切ったり広げたりするわけですが、その開閉の仕方を比べると、ずいぶんと差があります。引き戸の良さは、開閉のためのスペースがいらないこと、中途半端に開けておくことができるという点です。ドアの場合は、部屋の外側内側どちらに開こうと、中途半端に開けておくと邪魔になるし、見た目にも美しいとは言えません。例外もあるでしょうが、多くの場合、ピッタリ閉めるか開け放して壁に沿わせるかしかありません。0か100か。NOかYESです。引き戸は、フレキシブルです。気候や天候、外部の音や気配を感じたい時、シャットアウトしたい時などの気分、状況に応じて、好みで開閉すればいい。まさに融通がきくのです。

ドアの方が、指を挟まれる率も高く、また急に開いたドアにぶつかったりと、危険もはらんでいます。小さな子どもや高齢者のいる家庭には、引き戸をお勧めします。

2006年06月07日

床の間

谷崎潤一郎は『陰翳礼賛』のなかで次のように書いています。「もし日本座敷をひとつの墨絵に喩えるなら、障子は墨色の最も淡い部分であり、床の間が最も濃い部分である」

床の間を“日本独自の粋”として高く評価しています。私も、床の間こそ住まいのなかで最も日本的な情緒を感じさせる空間だと考えます。一幅の掛け軸、香炉、花器、違い棚と、これらが織りなす様式美は日本人ならではのものです。子どもの頃のことですが、谷崎がいう墨色の最も濃い空間には何かが潜んでいるように見えてしかたがなかったものです。半間の奥行きはさらに深く思え、近寄ることすらためらわれました。家のなかにあって、床の間は子供心に特別な場所だったのだと思います。

床の間は、もともと位の高い人や高貴な人が座る神聖な場所として位置づけられていて、それが上座下座の発想に受け継がれました。また、床の間に向かって右側に座るか、左側に座るかにも意味があり、左大臣、右大臣の格付けが生まれます。床の間の由来は、大家族の時代に家長が寝るところを床の間と言い、大きな空間から仕切られていました。土間でなく藁を敷いていました。そのため、殿の間でなく、床の間と書きます。その名残で現代でも床の間の畳は一般の畳と違い、表がざっくりとした畳になっています。日本家屋には上下の空間にも格付けがあります。長押、鴨居の上は神が住む神聖な場所であり、人間は下に住んだのです。長押や鴨居は特別の材料でつくられ、仏壇や神棚は鴨居の上に置かれました。日本の住まいの空間には「けじめ」があり、それが、日本の伝統や文化などと分かちがたく結びついているのです。

しかし、現代の日本の住まいからは、こうした「けじめ」がほとんど失われています。上座下座の意識は薄らぎ、2階建て・3階建ての家では、神棚の上に平気で人が暮らしています。来客を上座に案内してもてなすという作法も、父親が上座に座ることも見られなくなりました。こうした家庭で育ち、社会に巣立った子どもたちに、「長幼の序」を期待しても無理というものです。上司や教師など目上に対しての言葉遣いや態度にけじめがないのも、当然といえば当然です。

床の間は神聖な場所でありながら、神棚とは違い、部屋の低い位置にあります。子どもは神棚には届きませんが、床の間には手が届きます。いたずらをしたければ、いくらでもできるのです。しかし、小さなうちからこの空間は特別な場所、神聖な場所と教え、しつけることで、けじめというものを知るのではないでしょうか。つまり、けじめが身につくのです。大人が、けじめをもって床の間に接することです。それだけでなく、床の間の持つ独特の雰囲気とファンタジーを楽しんで欲しいのです。床の間を物置になどしたら、それこそけじめがつきません。

2006年06月05日

畳はもともと座具であったといいます。幅はイグサの長さで決まり、長さは1人用のほぼ正方形のものから、2人から3人が座れるもの、あるいはもっと長いものまでがありました。

平安時代に、神殿造りに暮らす貴族のために、1人に対し、畳1枚が使われるようになりました。その大きさは、長さがほぼ1間、幅が半間と決まり、必要に応じて部屋のあちこちに置かれました。昼は座布団として夜は布団としての機能を持ち合わせていたと考えていいでしょう。持ち運ぶために、それほど重くなく、柔らかいものでした。鎌倉時代になると、部屋の周囲に沿って敷く追い回し敷きが登場し、室町時代になってはじめて、現在のように室内一面に敷き詰められるようになりました。薄く柔らかいと、ずれたりたゆんだりという不都合から、この頃には、現在のように固く重いものになりました。

とはいえ、畳が普及していたのはある階層以上の住まいで、江戸時代でも長屋などの借家では板の床にむしろを敷くのがふつうでした。農村では昭和になっても、特別なとき以外は畳を使わず、積んでしまっておいたといいます。こうみてくると、畳の歴史は古いのですが、庶民の住まいに浸透したのは、案外最近のことと言えます。

畳は最高の床材です。畳のほど良い固さは高齢者や幼児の足腰に負担のかからない固さなのです。畳も木のように湿気を吸い吐き出すので、空調の役目を果たします。靴下を脱いで素足で歩くときの心地よさも捨てがたいものです。畳に限らず、日本の住まいは靴を脱いで上がるので、清潔です。座ることも寝転がることもできます。赤ちゃんがハイハイしても大丈夫。靴を脱ぐことの楽しさは言うまでもなく、一日の疲れがとれます。

欧米でも、一時の日本ブームが発端になり、椅子の生活を座る生活に切り替えるのが流行しましたが、今は単なる流行ではなく定着してきています。一度味わったら、やめられない気持ちは大いに分かります。ところで私は、畳の敷かれていないリビングルームや洋間の広さを、今でも「8畳の洋間」とか「15畳のリビング」と表現することは、日本人の畳への愛着からだと思っています。

親日家フランス人たちの間で使われている言葉に“tatamiser(タタミゼ)”という造語があるそうです。意味は「日本語に習熟」することなのだといいます。畳が日本の象徴であることは、海外で証明されるのかもしれません。

2006年06月02日

上足文化

日本人は千年も前から畳の上でゴロゴロできるという文化がありましたが、最近になってようやく西洋も日本に追いついてきたようです。ニューヨーク、マンハッタンの高層住宅のトップハウスには「玄関」があり、ここの住人は部屋に入るときは靴を脱ぎ、室内には、畳の代わりにシャギーと呼ばれる毛足の長い絨毯を敷き、脚の短い座椅子を置いて座卓のように使うとのこと。まるで和式です。

「玄関」の概念があるのは日本と韓国だけです。玄関は、衛生面や健康面から見て、非常に優れています。一日中、外を歩き回った足は疲れていますが、家に帰って靴を脱ぐと足は解放されて楽に感じます。そして、裸足で室内を歩き回ることで足の裏が刺激されます。外を歩き回った靴で家の中を歩き回るのは不衛生です。日本人は、昔から、白足袋を好み、足袋の裏の色が汚れていると「あそこのうちはだらしがない」というくらい、室内を清潔に保つことをよしと考えていました。昔から衛生的な面に気を遣っていたのです。“上足文化”は、日本人が長寿国となった理由の一つだと思います。

畳の暮らしでは本家本元の日本はどうでしょう。玄関で靴を脱ぐ上足文化圏に、靴を脱がない下足文化圏から椅子が入ってきました。 椅子やテーブルなど家具という概念がもたらされたのは明治になってからですが、一般家庭に置かれるようになるのは、関東大震災の後です。日本家屋ながら、洋風の応接間を作り応接セットを配しました。戦後、本格的に住宅の洋風化が進みました。家の中の畳の割合はどんどん減っていき、床の間や障子や縁側も姿を消し、またその姿をとどめてはいても、本来の機能や美しさはありません。上足文化と西洋文化はうまく融合するのでしょうか。

最近、京都の町家に手を入れ、活用する動きが注目され、それを機に、各地で古い日本家屋、しもたやの人気が上昇しています。靴を脱ぎ畳に座るスタイルの飲食店も多くなっていますが、目の付け所や古いものに新しい息吹を吹き込み生き返らせる手腕は、なかなかおもしろいと思います。これは、日本人の上足文化への回帰の現れとみていいのでは。

すまいは和式と洋式のどちらが良いのだとろうかと、真剣に考えたことがありました。そのとき、内の会社の役員に聞いたら、20人中10人が椅子を背もたれにしており、7人は椅子の上にあぐらをかいており、3人は椅子の上に寝ているということでした。洋間なのに和式の生活をしていたのです。居心地の良さを考えると、足を投げ出して座たっり、好きなときに横になれる和室のほうが優れています。寝室は湿度の高い日本ではベッドではなく、布団を上げ下げする和室の方が合理的です。そうすると、個室も和室の方が使いやすいことになります。ゲストルームは当然和室のほうがもてなしが丁寧となります。結局、家の中には洋間のほうが良い部分は、ダイニングとトイレの2ヶ所です。

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