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床の間

谷崎潤一郎は『陰翳礼賛』のなかで次のように書いています。「もし日本座敷をひとつの墨絵に喩えるなら、障子は墨色の最も淡い部分であり、床の間が最も濃い部分である」

床の間を“日本独自の粋”として高く評価しています。私も、床の間こそ住まいのなかで最も日本的な情緒を感じさせる空間だと考えます。一幅の掛け軸、香炉、花器、違い棚と、これらが織りなす様式美は日本人ならではのものです。子どもの頃のことですが、谷崎がいう墨色の最も濃い空間には何かが潜んでいるように見えてしかたがなかったものです。半間の奥行きはさらに深く思え、近寄ることすらためらわれました。家のなかにあって、床の間は子供心に特別な場所だったのだと思います。

床の間は、もともと位の高い人や高貴な人が座る神聖な場所として位置づけられていて、それが上座下座の発想に受け継がれました。また、床の間に向かって右側に座るか、左側に座るかにも意味があり、左大臣、右大臣の格付けが生まれます。床の間の由来は、大家族の時代に家長が寝るところを床の間と言い、大きな空間から仕切られていました。土間でなく藁を敷いていました。そのため、殿の間でなく、床の間と書きます。その名残で現代でも床の間の畳は一般の畳と違い、表がざっくりとした畳になっています。日本家屋には上下の空間にも格付けがあります。長押、鴨居の上は神が住む神聖な場所であり、人間は下に住んだのです。長押や鴨居は特別の材料でつくられ、仏壇や神棚は鴨居の上に置かれました。日本の住まいの空間には「けじめ」があり、それが、日本の伝統や文化などと分かちがたく結びついているのです。

しかし、現代の日本の住まいからは、こうした「けじめ」がほとんど失われています。上座下座の意識は薄らぎ、2階建て・3階建ての家では、神棚の上に平気で人が暮らしています。来客を上座に案内してもてなすという作法も、父親が上座に座ることも見られなくなりました。こうした家庭で育ち、社会に巣立った子どもたちに、「長幼の序」を期待しても無理というものです。上司や教師など目上に対しての言葉遣いや態度にけじめがないのも、当然といえば当然です。

床の間は神聖な場所でありながら、神棚とは違い、部屋の低い位置にあります。子どもは神棚には届きませんが、床の間には手が届きます。いたずらをしたければ、いくらでもできるのです。しかし、小さなうちからこの空間は特別な場所、神聖な場所と教え、しつけることで、けじめというものを知るのではないでしょうか。つまり、けじめが身につくのです。大人が、けじめをもって床の間に接することです。それだけでなく、床の間の持つ独特の雰囲気とファンタジーを楽しんで欲しいのです。床の間を物置になどしたら、それこそけじめがつきません。

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