「ふすま」という間仕切り
日本固有の住まいの間仕切りは「ふすま」です。プライバシーが守られないとの理由から若い人には評判がよくないのですが、日本人の素晴らしい知恵から出来ています。
あるとき100年近く経つという日本家屋に住む人を訪ねました。通されたのが40畳ほどある座敷でした。三世代同居とはいえ、ごく普通の家族が住む家です。その広さに一瞬戸惑ったのですが、よく見ると縦横にふすまの敷居が走っているのです。しかしふすまは全て取り払われていて、ふすまをはめると大小5つの部屋になることが分かりました。その日の夕方から地域の集まりがあり、そのためにふすまを取り払ったところだということでした。家族だけのとき、集まりがあるとき、泊りがけの客があるときなど、そのつど自在にふすまをはめたりはずしたりするのだそうです。自由自在になる空間を持てるわけです。
障子やふすまより簡単な可動式の間仕切りに、衝立や屏風があります。行事や儀式に合わせ、人数に合わせ仕切りをするのです。どこにでも自由に持ち運びできます。屏風であれば折り畳んで幅を加減することもできます。可動式の間仕切りによって空間を仕切りながら、開放するというこの発想は、本当に合理的というほかない鮮やかさです。
ただ、このような間仕切りでプライバシーは守れるのか、守らなくていいのかという声もあるのは事実です。たしかに目隠しはできても音や声を遮断することはできません。しかし、これらの間仕切りは、障子が閉まっているときは開かない、衝立の向こうは見ないという「約束事」のうえに成り立つものなのです。音は聞こえるが、それは生活のなかにある自然の音として聞けばいいということです。つまり、それは家族間の信頼や尊敬を意味するのだと思います。心のプライバシーです。