MISAWA international

HABITAは、MISAWA internationalの大断面木構造住宅の新ブランドです。新しい200年住宅の時代を作ります。



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2006年07月31日

元気にしてくれる木、心を癒してくれる木

木が発する香りには殺菌作用があり、さらには精神的にも安らぎをもたらしてくれるといいます。木の住まいはボケが進まないと言われています。

これは木の香りに含まれるフィトンチッドと呼ばれる成分の働きで、細菌や虫を殺す働きがある一方で、人間には精神的な安らぎを与える作用があるのです。森林浴はこのフィトンチッドのシャワーを浴びることで人は元気になり、精気を取り戻すことができるからです。この働きは木が建材になったあとも維持されます。外材にはほとんどありません。日本の杉は米杉の10倍です。桧は15倍です。松は30倍あります。

木のぬくもりにはほっとさせられるものがあります。柱、床、壁、家具、調度品と我々は身近に木を置き、触り、眺める。こうした生活から多くの安心感を得ています。木の床一つとってもぬくもりがあり、やさしさがあります。コンクリートの床は冷え冷えとして冬などやりきれません。コンクリートは熱伝導率が木の十倍もあるので、なかなか温まってくれないのです。木の床は足をのせた直後だけは冷えますが、その後はしだいに温度が上がっていきます。ぬくもりの感触が、心も温めてくれます。

2006年07月28日

子供にやさしい木の家

子供の頃は兄弟喧嘩が日課のようなものです。ときには派手な取っ組み合いの喧嘩もします。そこから子供たちはさまざまなことを学んでいくのです。

コンクリートの壁に囲まれた家では下手をすれば怪我をします。ぶつけた傷も治りにくい。これでは兄弟げんかもままなりません。それに比べて、木造の住まいは土壁、ふすま、障子など、ぶつかっても、穴が開いたり、へこんだり破けたりはしますが、子供たちに怪我はさせません。子供時代は木造の住まいがいいのです。

床にしてもそうです。最近はフローリングの床が主流になり、板の間のある家が珍しくなっていますが、ちょっと淋しい気がしています。板の間は年を経るに従い、使い込んだ味わいが出てきます。フローリングにはない独特の風格のようなものです。

昔は掃除機などありませんから、雑巾がけをする。祖母の代から母、娘と板の間を拭き続けて艶光りしています。板の間にその家の主婦の心映えが感じ取られ、すがすがしい気がします。家を守り、家族を思いながら、幾度この板の間を磨いたことでしょう。板の間には家族の歴史が刻まれています。

2006年07月26日

人間はもともと森の人

森林の中にいると不思議と心が落ち着きます。樹木に囲まれた空間には抗しがたい魅力があるのです。なぜだろうと思います。

最近のゲノムの研究でわかったことなのですが、人類とチンパンジーの遺伝子は98%まで同じなのです。人類に最も近い動物であるチンパンジーは樹上生活をします。とすれば、我々人類にも森の中で生活していた頃の記憶が深く刻まれていても不思議はありません。ですから、庭には樹木が欲しくなるし、太い木の柱のある家に憧れるのではないでしょうか。

世界にはさまざまな民族がさまざまな場所で生活していますが、その住まいを調べてみると、8割は木の住まいであるといいます。鉄筋やコンクリートの建物は先進国の人々にとっては身近なものですが、世界的にみれば、少数派だということです。世界の主流はやはり木の住まいなのです。

日本人も50年くらい前までは皆、木造の家に住んでいました。木が身近な存在なのであり、快適な住まいであるからなのだと思います。

2006年07月24日

生物実験

日本の住まいは木の文化です。日本の住文化を語るとき、「木」の話は欠かせません。これから10回ほど「木」の話をさせていただきます。

日本家屋の一番の特徴はその素材です。木と紙と土でできているのが日本家屋です。木で柱を組み、土で壁を塗り、紙を木枠に貼って仕切る。外国人が日本の家屋になによりも驚きかつ感嘆するのは、つまりこの簡素な素材なのです。気候風土が生んだ必然なのですが、それぞれの素材の機能、性能をよく熟知し、適材適所に配置しています。日本人の知恵の集大成ともいえるのですが、外国人にとっては摩訶不思議な家に見えるのでしょう。

ニューヨーク大学、日本木材学会で、共にハツカネズミを木と金属、コンクリートの三種類の飼育箱で育てて発育を調べる実験を行いました。結果は木の飼育箱で育てたグループのみが順調に発育し、子どもも生まれ繁殖も良好でした。金属やコンクリートの箱のネズミはうまく育たず、途中で死んでしまったものもあります。

木が動物の生育環境には最も適しているということでしょう。木はさまざまな性質があり、効用もあるのですが、天然、自然の素材であるので人間にも優しいということでしょう。

2006年07月21日

日本人のDNA

日本人である前に、私たち人間の祖先は猿でありました。森の中に住み、木にぶら下がって巣を作り住んでいました。なので、人間は緑に包まれていると安心します。だからこそ、リビングやオフィスに観葉植物を飾ったりするのでしょう。元来、木につかまって生活していたので、触れるところは木でできていないと不安を感じます。前にも述べましたが、動物実験で木に囲まれて生活している動物は子供を生み、子孫を繁栄しましたが、コンクリートに囲まれて生活している動物は、親の体が冷えるので出産しなくなり、滅亡してしまった、という記録があります。鉄の箱の中に住むと、手の爪、足の爪が鉄に対応できず、親も亡くなってしまう、ということでありました。動物は木に囲まれていないと住めない、ということでしょう。住宅の内装が木であるということはもちろんでありますが、構造自体も木にすると優れていると思います。私は木質の住宅を勧めます。耐久性について、木は1400年の歴史があり、コンクリートは300年、鉄は100年の歴史しかありません。木で作ることが耐久性の長い家を造ることになります。

日本で理想的な住まいを考える場合は、文明のなかった社会にどのような家に住んでいたかということを見れば分かります。現在、電気、冷暖房の設備が整っていますが、文明のなかった時代、人々は草原に風通しのよい縦穴住居を作りました。日本は多雨多湿のため、風通しが良くなければ住めなかったわけです。したがって日本の理想的の住まいは、自然の摂理にかなった、一戸建ての木質住宅がよいと思います。木材を使い、壁は土壁で自然に湿度を調節してくれます。壁紙は天然の繊維質、障子・ふすま・畳は天然の素材を使うことが条件だと思います。ヨーロッパでは土手に穴を開け、狸の穴のようなところに住んでいました。これは湿度が低いので、空気が乾燥しているため、そのような生活が出来たものと思われます。

現在、高層住宅、マンションはまさにコンクリートの穴のなかに住み着いているようなものですが、これは湿度の多い日本には向かず、ヨーロッパ向きだと私は思います。アフリカでは木の上に鳥の巣のようなものを造り生活していました。これは敵であるライオン・狼から身を守るための知恵であったと思います。木の上で風が吹いて、ゆらゆら揺れても恐くなかったようです。現在の超高層は、風が吹くと50センチ~80センチ程ゆらゆらと揺れますが、やはり、こちらも日本人には不向きで、アフリカの人たちに住んで頂くのがいいのではないかと思います。

2006年07月19日

大家族主義

核家族化が進むところまで進んでしまった今、大家族が昔とは全く別な角度から見直されています。核家族制度は戦後、アメリカからやってきたもののように言われていますが、アメリカでも上流の家族はバラバラではなく、三世代同居の例が多いのです。アメリカ社会の中で、いわゆる上級、上層部を形成するワスプ(WASP=ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)と呼ばれる階級の家庭は、三世代同居が主流を占めています。

ここに生まれ育った子どもたちは、生まれながら一族の血を受け継ぐ、エリートとしての徹底的な教育を受けます。とくにやかましいのは礼儀です。男の子は父親と祖父から徹底したエリートとしての教育を、女の子は母親と祖母から将来よき花嫁になるためのしつけを受けて育つのです。

イスラエル王国、ユダヤ王国は2500年以上前に滅亡したにもかかわらず、ユダヤ人が今日に至るまで強烈な文化と宗教を継承しつづけてきた背景には、三世代同居という家族制度があるといわれています。ユダヤ人の場合、国家に代わって家庭がその役割をしてきたのです。知恵や文化の伝承は親から子、子から孫へと受け継がれていくのが自然です。それに子どもたちにとっても、家族の人数は多い方がおもしろい。祖父母からは、両親とは少し違った話が聞けるし、男は男同士、女は女同士でまとまって、家庭の中で遊びの世界を展開できる機会が多くなるからです。

家庭内でそれぞれの世代が互いの世代の背後にある文化を吸収しあうことが、結果として多世代で構成する社会を豊かにしていくことにつながると思うのです。

2006年07月17日

人に優しい家

今や、わんぱく坊主なる言葉は死語になってしまったようですが、子どもはわんぱくのほうがいいと思っているので寂しいかぎりです。わんぱくがいなくなってしまった要因には、外で思い切り遊べる場所がないとか、塾通いや稽古事で子ども自身が忙しいなど多々ありますが、家の構造や住環境にも原因があると思うのです。まず、いま思う存分に取っ組み合いの兄弟喧嘩ができる家がどれほどあるでしょう。兄弟喧嘩は子どもの成長過程において重要な意味をもちます。自分以外の人間とぶつかり合うことで、自分の思いどおりにならないことがあることや、他人の痛みを知ることなど、学ぶことは多いのです。しかし、コンクリートの壁に囲まれた家では、下手をすれば怪我に結びつくので、兄弟喧嘩もできません。だから兄弟喧嘩のできる家、わんぱくが育つ家が必要なのです。その解はやはり日本古来の住まいづくりにありました。木をはじめ土壁、ふすま、障子、畳という人に優しい建材を駆使した昔ながらの家です。穴が開いたりへこんだり、破けたりはしますが、子どもたちに怪我はさせません。人に優しいことは住宅の重要な性能です。そのためにも、人に優しい自然の素材を使った日本の住文化を忘れてはいけないのです。

わんぱく坊主が反省することもあります。父親と母親が、座敷で自分の将来を相談する話を聞いて、「自分のことをこんなに心配してくれている」ことを知り、反省してガキ大将が一人前の大人になっていったのだと思います。日本家屋でふすまを通じて音が筒抜けになるということは、本人を目の前にして叱るより、心配してくれる親の姿を見て反省をし、自ら大人になっていく効果があるのだと思います。また、ふすまで仕切られた兄弟が、お兄さんは受験、弟は音楽に精を出していたとします。弟は音楽を聴きたいのですが、隣にいる兄が勉強をしているのを邪魔してはいけないと我慢する。ここから人間のやさしさが生まれるのではないでしょうか。社会に出て人にやさしくする・しないということは家庭の中の親子・兄弟の関係から始まり、学んでいくことだと思います。

現代の家は、壁で仕切られているので大きな音を出しても隣に聞こえないという、物理的に遮断していることが優れているように理解されていますが、隣の人の気配を感じて、気を使うことがないということが、思いやりのない不完全な人間に形成していくのかもしれません。

2006年07月14日

和の住まいはエコライフ

昔は夏になると、障子はよしずや萩などを組み込んだ風通しのよい建具に換え、板雨戸は格子戸に取り換えて蒸し暑い夏を過ごしたものです。日本の住まいづくりは、夏の高温多湿の気候との戦いだったといえます。そのため、日当たりと風通しを配慮した住まいが日本家屋の原点となったのです。木と土と紙などの自然素材をベースにした家づくりも湿気の調節に最適で気候風土にマッチしていました。冷暖房などない時代の本当のエコライフが息づいていたのです。

ある町では夏祭りが近づくと家々の窓や玄関に一斉によしずやすだれが掛かり、町並みが一変するといいます。昔ながらのよしずやすだれは風情があるだけでなく、陽射しや照り返しを防いでくれます。しかも、風通しは損なわないので暑さ対策には非常に効果的なのです。ブラインドも内付けよりも外付けのほうが日射の遮蔽効果は2倍あります。よしずやすだれは、まさに外付けのブラインドといえます。室内には涼しげな陰も作ってくれて、気分的にも爽快です。

夏、窓から入る直射日光は強烈ですが、上からばかりでなく、下からの光にも要注意です。例えば、地面からの照り返しもその一つです。地面で反射した陽射しは窓から入って天井に向かいます。真夏に外を歩くと実感しますが、照り返しとはいえかなり暑く、室温の上昇もばかにできません。照り返し防止には庭に木や植物を植えるといいでしょう。葉の表面で光が吸収され、照り返しを緩和してくれるからです。また、夏、庭に十分な水をやれば、その水が蒸発するときの気化熱で周辺温度は下がり、涼しい風が吹いてきます。庭の植物によって水撒きの効果が持続し、夏もエアコン知らずで暮らせる方法の一つです。

2006年07月12日

蔵とともに文化をとり戻す

お年寄りが病気で入院するとき、本人の持ち物が入っている物入れやタンスを持たせると回復も早いといいます。お年寄りの持ち物には思い出が詰まっています。それらを身近に置くことで刺激にもなり、気が滅入ることもなく過ごせるのです。思い出はお年寄りを力づけてくれる何よりのものの様です。

名家といわれる家には今でも蔵があり、そこには先祖伝来の由緒正しき掛け軸や刀などの古美術品や古道具が山をなしているということも稀ではありません。日本の文化財の保存という役目を、こうした代々続く名家の蔵が、ある意味では国に代わって担ってきたとも言えるでしょう。国宝級の美術品がいまだに発見されずにどこかの蔵にひっそりと眠っていないとも限らない。“死蔵”にだけはならないようにしたいものです。ただ、庶民にはお宝もないが、蔵もない。それどころか、住まいに収納スペースさえ満足にないのです。主婦へのアンケート調査でも、収納に関する不満が常に上位を占めています。この収納スペースの不足は改善されるどころか、住宅と車庫の一体化の増加、バス・トイレなどサービスルームの面積拡大など、収納スペースが一段と圧迫化される傾向にあります。しかし、モノだけはどんどん増えていき、それでなくても狭い居住空間をますます狭くしています。

解消策として、いかに上手に“捨てる”かに関心が集まるのも不思議はありません。しかし、時代は変わり、モノは大切に使う、捨てずにリサイクルする時代です。そうした時代のニーズに応えて開発したのが1階と2階の間に大収納空間を持つ住宅です。1階と2階の間に大収納空間をつけた住宅。そのボリューム感は、まさしく日本古来の蔵のイメージに近いものでした。これもその背景には日本の住文化という時代の呼び声があったからです。

蔵は捨てる文化へのアンチテーゼであり、モノを大切にするという日本人の心を取り戻すきっかけになると思います。高価なものでなくても、捨てるに捨てられない想い出のモノは身近において残しておきたいものです。親が大切にしたものは、子どもへの無言の教育になります。その家の家風をも形づくるでしょう。今、日本人が忘れられている大切なものを思い起こさせることになるはずです。

2006年07月10日

茶室(2)

現代、茶道は女性が多く嗜むことで知られていますが、もともとは男性の仕事でした。侍の時代、位の高い武将が、夜明けに幹部を集めてお茶会を開いていました。従って、幹部たちは武将の近所に住まいを設け、夜明けとともに集まって、特に信頼されている内輪だけで打合せをする同志の会合を開いていました。同志ということで、刀を腰につけることなく「にじり口」から茶室に入っていくという、現在でいえば「役員会」の事前打合せのようなものでした。

男たちの戦略・戦術の事前打合せであったり、行政を実行する重要な会議でありました。その後、殿様が茶道を親しむようになると、茶道もだんだん華美になっていき、高級な材料が茶室にもお茶の道具にも使われるようになりました。極めつけは信長が戦場で勝った武将に城を与えることができず、代わりに茶いれを与え、秀吉がそれをもらった話は有名です。命がけで仕事をし、お茶の道具をもらったという話があるくらいです。武家社会の茶道を、庶民が楽しむように道をひらいたのが千利休です。千利休は道に転がっている茶碗、野道に咲く花一輪までもがお茶の作法になるということを勧めたわけです。これが広く庶民に広まっていきました。

裏千家の400年の歴史があり日本人の心に根付いておりますし、これからは世界に広く受け入れられるものと思います。

2006年07月07日

茶室(1)

日本人の楽しみは奥が深い。だから長続きするのです。なかでも、茶道となると幅が広く、奥も深い。極めようとしても行き着くところがないのです。路地入りからの作庭に始まって茶室のしつらい、さらには茶の作法、会話まで、それは日本の精神文化の凝縮であり、総合芸術の集約でもあります。

四畳半という小空間の茶室は日本建築の粋であり、縦70㌢前後、横幅65㌢前後の小さな出入口である「にじり口」は茶の湯を楽しむ異空間へ誘う絶妙の設計です。茶道具や床に飾る掛物、花など、一つひとつに意味があり、想いがあります。ご亭主のお客をもてなす心意気が隅々にこめられています。

茶の湯は「客をもてなす」遊びです。公家、武家、そして庶民へと広まりました。客を待ち、客を迎える亭主の心入れと喜びを表現するしつらい、工夫が日本人の心の琴線にふれるからでしょう。遊びが文化、芸術になるのです。これほどの贅沢はありません。

2006年07月05日

箸の文化

箸というのは、二本の箸さえあれば、何でも食べることができます。それにひきかえ欧米ではフォークとナイフ。しかも、いろいろな大きさのもの、いろいろな形のものが数多くあって、食べるものによって取り替えなければなりません。どんなものが出てきても箸だけで通すことが、知らず知らずのうちに、何千年の時代を経て日本人の器用さを磨いてきたのだと思います。硬いもの、柔らかいもの、それに豆のようなつかみどころのないものと、いろいろな食べ物に対することで器用さが高まっていきます。こうした器用さ、箸の先の微妙な力加減を調節できる能力が、日本の世界に冠たるハイテク技術にまでつながっていったのでしょう。日本と中国と韓国に箸の文化があります。

ちなみに、今までの経験から言うと、手先の器用な人は小さいときから自分でいろいろなものをつくっているので創意工夫、創造的な能力が人一倍磨かれています。とりあえず手元にあるもので何かをつくり上げようとすることは、それだけで工夫と想像力があるということであり、創造力が必要とされるのです。

いろいろな人が言っていることですが、日本がこれほどまでに躍進したのは、日本人の器用さにあずかって力あったのでしょう。日本人が欧米の人たちに比べて、手先が器用なのは私の周りを眺めてみても確かなようです。

日本の建築がこれほどまでに豊かで微妙な繊細さに満ちているのは、ある意味で日本の建築がこうした器用さを活かした手づくりだったからです。建築学科卒業生の入社試験に、板(ぬき)と、鋸、金槌でみかん箱を作ってもらうテストをしたことがあります。定規がない、鉛筆がない、図面を書く紙がない、と大騒ぎをして出来なかった人が大半でした。不器用では建築の仕事は出来ません。別の人生があるはずと申し上げたことがあります。

2006年07月03日

風呂敷

生活の小道具の一つである風呂敷は、日本の文化に見られる柔軟性と繊細さが表れています。外国を訪問するとき、喜ばれるお土産の筆頭が風呂敷です。テーブルクロスに使えるし、スカーフにもできます。人によっては衣装としても、インテリアのアクセントとしても活用してくれます。そうしたさまざまな利用法を見るにつけ、風呂敷ほど、こちらのニーズに応じて自由自在に使いこなせるものは、世界広しといえどもほかに例がないのではないかと思えてきます。

もともと風呂敷は、風呂屋で湯上りの場所に敷いたり、脱いだ着物を包んだり、というように使われたのが、いつの間にか物を包むのに使われるようになったのだということはよく知られています。なにしろ何かを包むのにこれほど便利なものはありません。四角のものは四角に、丸いものは丸く、また大きいものは大きいままに、小さいものはそれに応じて小さく、手提げ風にも背負うかたちにも、抱えるふうにも、とにかく自由自在に使いこなすことができるのです。

欧米では、物を運ぶといえばボストンバッグ、書類は書類カバン、小物はハンドバッグとなります。いくつものカバンを常備しておかなければなりません。その点、風呂敷ならば、大小どんなものでも包むことができます。荷物のないときには小さくたたんでポケットにでも入れておくことができるのです。

カバンと風呂敷をこうして比べれば、風呂敷の優秀性、日本人の発想の豊かさが納得されるでしょう。最小の素材にまで切りつめられた単純さが多くの使用法を生み、包まれる中身のものによって変幻自在にかたちを変える――。この自由で柔軟な発想は、日本の内か外か分からない開放的な空間、融通性に富んだ多目的に使える畳の和室、そしてシンプルながら合理的な引き戸や障子、ふすまなどの日本建築に相通じています。風呂敷一枚に、私は日本の時代を予感しています。決して大風呂敷を広げるつもりではありません。

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