MISAWA international

HABITAは、MISAWA internationalの大断面木構造住宅の新ブランドです。新しい200年住宅の時代を作ります。



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2006年10月30日

資源の残りはあと3割

多くの学者が地球の危機的状況を指摘しています。世界的な環境学者の山本良一東京大学教授によると、地球資源はすでに7割を使い果たしており、残りの3割でいかに生きるかを考えなければならない状況にあると言います。東京を起点に新大阪を人類滅亡の終点と考えると、私は浜松あたりかと思ったのですが、もう京都駅まで来ているそうです。

我々がまだ、文明といったものを発展させる前には、人類がどんなに暴れ回ったところでたかがしれていた。生活することで発生するさまざまな物質は自然に取り込まれ、分解され、土に帰り、すべてはうまく循環していたのです。ところが現在、この循環のサイクルが機能しえなくなってきてしまったということなのです。

忘れてはならないのは、この地球は一つの閉じた系であるということです。大気や海といった環境ばかりではなく、資源にも限りがある。それを使い果たせば一巻の終わりです。人類はこの宇宙船地球号の責任をどうとるかを問われているのです。

先日、太陽光発電メーカーM.S.K株式会社の40周年記念パーティに出向いて参りました。社長は先見性があり、20年前から太陽光発電を始めており、今回中国の資本を受け入れ新たな可能性が生まれています。

私が、ソーラーバッテリーを初めて見た40年前、1W発電するのに20万円もかかりました。1990年の大阪での花博で、ミサワホームの「太陽の家」ゼロエネルギー住宅を出展した際にかかった1Wの発電は、以前の1/10の2万円程になっていました。現在、1Wの発電はさらに1/20の千円程度になっています。技術革新は素晴らしい。今回、M.S.K株式会社の社長のお話によると、中国との合弁で1Wを500円程度に下げることが可能になったとおっしゃっていました。

ソーラーバッテリーの本格的な時代に来ており、資源問題は人間の知恵で乗り切れると私は思っています。

2006年10月27日

循環型資源利用

自然環境の保護・回復を考えるうえで、やはり日本人としての生活の原点を振り返ってみることも大切だと思うのです。日本人ほど自然をうまく使って生きてきた国民は少ないと思うからです。

例えば、日本の住宅の部屋は狭いとよく言われますが、日本の部屋というのは庭も含めて部屋と言っています。裏の山も、借景も全部、家の中といった感覚です。家の内と外が一体になっての考え方を大事にしてきた。いまで言うアウト・ドア・リビングですが、これはまさに自然との共生です。植栽についてもそうです。落葉樹を植えることで、冬には葉が落ち、家の中に日が当たるようになる。それが夏になれば、こんどは葉が繁り、日陰をつくる。まさに自然のクーラーになるわけです。

こんなことはほんの一例であり、自然と共生する日本人の生活術を数え上げていったらキリがない。ところが、戦後の経済の成長と拡大を最優先する中で、そうした生活術というか、生活感覚が打ち消され、忘れられてしまった、というのがこれまでの日本の現実だと思うのです。こうした効率的な価値観と感覚が浸透してくると、何事につけても安直で手短かな方法を講じることになります。

木材にしても、日本の資源で家をつくればよかったものを、コスト的に安いこともあって東南アジアをはじめとする外国に木材を切りに行ってしまった。その結果が、アジアの熱帯林を荒廃させた張本人として世界から批判を浴びることになってしまった。それどころか、日本国内の林業も衰退させてしまっているのです。

石油にしてもそうです。何もこれは日本だけに限らないのですが、先進国は中東に油を求めた。産油国が輸出しないと言えば、これは武力抗争になった。日本を含めた先進国が途上国の天然資源を収奪的に利用し、それが結果として地球環境問題を引き起こしてしまったということの罪は本当に大きいのです。

日本人はかつての自然と共生する生活術を取り戻すとともに、資源については資源利用の循環的システムをいかにつくるかが大切になると思います。さらに言うなら、省資源の循環型社会をつくることが重要になるということです。

2006年10月25日

海面上昇の恐怖

地球規模での気温の変化は、あらゆる自然現象に影響を与えます。

今後50年から100年の間に地球全体の平均気温が、摂氏2℃から摂氏5℃上昇すると言われていますが、それは赤道付近よりも高緯度地域の気温上昇のほうが大きく、北極や南極では摂氏10℃近くも上昇すると言われています。その結果、高山の氷雪や氷河、グリーンランドを覆っている大量の氷が解けることで、海面の水位が現在より約15cmから95cmも上昇すると推測されます。

島国では海面1mの上昇で国土のほとんどがなくなってしまうところが出てきます。日本でも河口に広がる都市や海面より地盤が低い地域は水没する危険性が高いと言われています。環境省によると、海面が1m上昇すれば、東京では江戸川区、江東区、墨田区、葛飾区、足立区といった広い範囲が水没することになると言います。標高0m地帯はそっくり海の中です。名古屋、大阪など主要都市の0m地帯でも同様の事態が起こりうるのです。ところが、海面の上昇は1mでなく5mだという説もあるのです。1mの上昇は堤防で支えられるが、5mではどうするのか・・・・。

伝説のアトランティス大陸のように、なすすべもなく水没してしまうのか。それとも、新たな都市計画を立てて、水上都市として再生するか。いったいどんな住まいが生まれ、どんな街ができるのでしょうか。

2006年10月23日

現代文明の負の遺産

毎年、日本の本州の面積の半分の熱帯雨林が消えていく―ということからも推測できるように、私たちは日常のさまざまな経済活動、生活行為が地球の状況をどんどん変え、地球環境に深刻なダメージを与えている、との自覚をはっきりと持つ必要があると思うのです。現代文明は、その維持と発展のために巨大なエネルギーと物質を消費する。その結果、地球環境は破壊され続け、それがさまざまな異常現象を引き起こすようになっています。

例えば、オゾン層の破壊があります。有害な紫外線を吸収し、地上の生命を保護するオゾン層がフロンガスによって破壊され、皮膚がんや白内障の発生率が増加したり、免疫機能が低下するなど人間の体に深刻な影響をおよぼすと警告されています。現代文明の恐ろしい一面が浮き彫りにされた一例です。

また、地球の温暖化も文明がもたらした異常現象です。なんでも100年前に比べて地球の平均気温は0.5℃上昇していると言います。石油など、化石燃料を大量に燃やしてきたため、大気中の二酸化炭素の濃度が異常に高くなったことが原因と言われています。二酸化炭素は熱を吸収して放出しない“温室効果”があるため、その二酸化炭素に覆われた地球はどんどん温められていくというわけです。これによって、生態系に大きな影響があるだけでなく、北極や南極の氷河が溶けて海水面が上昇し、海抜の低い地域は海の底に沈んでしまうことも考えられるといいます。

さらに、火力発電所や工場、自動車の排気ガスなどが引き起こす酸性雨が、湖沼や河川を酸性化させ魚の棲めない状態にしてしまったり、森林の樹木を枯死させたりといった被害も、ヨーロッパや北米では深刻な問題となり、日本でも酸性雨被害が具体的に指摘されるようになってきました。

これまで地球の営みの中で行われてきた人間の活動が破壊し、地球のあり方まで変えているのが実情です。だからこそ私たちは今、環境を保護、回復するためにできることを真剣に考え、実行しなければならないのです。

2006年10月20日

地球を救えるか

21世紀は「環境の世紀」です。環境への対応を抜きにして企業活動も日常生活も成り立たなくなると思います。

地球環境を取り巻く懸念材料には資源の枯渇、温暖化、公害があります。このままでは2060年の日本人の平均寿命は20歳になるという空恐ろしい話もささやかれています。今回から地球環境問題について述べてみたいと思います。

なにしろ最近は外国の企業と取引しようとすると「あなたの会社は環境にどのような配慮をしているか」と聞かれます。木材の伐採権契約などでも環境への取り組み姿勢をはっきり説明しないと木は切らせてもらえない。会社が大きいか、小さいかなんて関係ない。ここにはフクロウが棲んでいるから切ってはダメ、というぐらい環境への意識は厳しく、徹底しています。

ある報告によると、年間平均で日本の本州のほぼ半分の面積に相当する1130万haの熱帯雨林が消失しているといいます。その原因の一つが東南アジアなどで行われてきた焼き畑農業です。これによって世界各地で年間600万ha、つまり九州と四国を合わせた面積に相当する地域が砂漠化しているといいます。

過度な森林の伐採もそうです。これには木の消費大国である日本も大きく関わってきます。工業化、都市化の急進のもと木材需要の高まりもすさまじく、東南アジア各国は森林を伐採し、日本への輸出競争を繰り広げ、その結果、豊かだった熱帯雨林は荒廃してきているのです。

一度、切られた森は元に戻すのに150年もの歳月が必要だと言います。いくら植林をしても、それを上回るペースで伐採しているのだから、なかなか回復は見込めません。今後、経済発展していく、人口の多い中国やインドで住宅を、となったら、それこそ地球上の森林など一変に切り尽くしてしまうでしょう。暮らしを支えてきた木を、森の恵みを守る方法を早急につくり出さなければならない。住宅業界の環境に対する責任も大きく、重いということです。「住宅産業が地球を救う」、「住宅産業が地球を破壊する」どちらかに向かうか―です。

2006年10月18日

ハエテクの教訓

自然を改めて観察してみると、自然界のパワーに比べ、今の科学がいかにつたないものであるかを痛感させられます。

例えばハエをガラスの箱の中に入れて、止まることのできないように、常に箱を振動させておく。すると、長い間飛び回っていたハエも、約8時間で燃料切れになるのか、パタリと落ちてしまいます。

そこで、振動を止めてガラス箱の中に砂糖水を入れると、ハエはそれをなめ、再び活力を得て、箱の中を元気に飛びまわり始めます。そしてまた8時間休みなく飛び回り続けるのです。ハエの、あの小さな体の中に8時間も飛び続けられる燃料とエンジンが積み込まれているのだと考えると驚きです。東京から大島まで飛ぼうとすればヘリコプターのチャージ代で30万円はかかります。たた30分飛ぶだけでそんなにお金がかかるのに、ハエは砂糖水一滴で8時間、何という違いでしょう。

人間は優れた技術を自前でつくり上げたと鼻を高くしていますが、自然界の精巧なメカニズムに比べたら何ほどのものではないのです。下手な語呂合わせになるが、ハイテクよりもハエテクのほうが上です。

人間はこれから100年かかっても、ハエのような飛行機をつくり出すことはできないでしょう。私が言いたいのは、自然界全体からしたら人間の知恵なんて大したことはない、それがわかるだけで自然に対して謙虚な気持ちになれるし、どんなに人間の技術が進歩しても、自然から学ぶべきことは永遠になくならないということなのでしょう。

2006年10月16日

西堀さんの「幽霊クラブ」

西堀さんに関してこんなエピソードもあるので紹介します。

西堀さんは「幽霊クラブ」というものをつくっていました。幽霊の目方を量ろうとクラブをつくったのです。そのクラブに何度かお誘いを受けました。実際には行く機会がなかったのですが、聞くところによると、巫女さんを呼んできて、巫女さんがお祈りをする。魂が乗り移ったとき、魂が抜け出たとき、それぞれの体重を平常時の体重と比較して霊魂の目方を量るといったようなことをしていたらしいのです。

幽霊クラブだけに、あるのか、ないのか分からない、わけのわからない話なのですが、大切なのは西堀さんがこうしたどこまでが本当で、どこまでが嘘か、わからないようなことにも真面目に取り組むだけの柔軟さをもっていたことです。

科学者でありながら西堀さんの言葉は、産業界にいる私たちに多くの示唆を与えてくれました。「お客さまの喜びをもってわが喜びとする」は、顧客満足を実現するきわめつきのものですし、「つくる人の自己検査が大事」と言われました。検査は警察と泥棒の関係ではない、つくり手が自ら検査することは、自らがつくったものに誇りを持つからこそである、と教えられたのです。「己の可能性を信じ、チャレンジすることが肝心。まずやってみろ」という言葉にも勇気づけられました。

ちなみに西堀さんのお墓は京都にあり、隣には石川五右衛門の墓があるといいます。生前「おれが死んで墓に入ったら、ペンペン草が生えるだろうな」「石川五右衛門の墓はいつ行ってもピカピカだ。えらいやっちゃ」と言っておられました。いつの時代にも泥棒がいて、尊敬する石川五右衛門の墓を磨いているのです。私も西堀さんの墓参りに行かなければと思っています。

2006年10月13日

NTTテレパシー研究

西堀さんのテレパシーの話を私は追い続けています。

昨年、NTT研究室を訪ねた際、テレパシーの研究者がいらっしゃるということで少しお話を伺いました。その方は、中年の男性で、実験方法を私にもわかりやすく簡単に教えて頂きました。彼は、「道で女性の美しい脚を見つめてみて下さい。彼女はきっと振り向きますよ」とおっしゃいました。

私は、早速その帰り道、前を歩いている女性の脚を一生懸命見つめてみました。しかし、女性は振り向きませんでした。私は、研究者の男性に電話をし、「あなたに言われた通り実験してみたが成功しなかった」と伝えたところ、彼は「あなたの当事者能力が落ちているのでしょう」と言われてしまいました。

私は年齢のせいもあり成功はしませんでしたが、若い方にぜひこの実験に挑戦し、結果をお知らせ頂ければと思っています。

2006年10月11日

テレパシーで想いを伝える

南極探検隊の隊長として知られる故・西堀栄三郎さんは日本を代表する立派な科学者でしたが、科学を、また人間の力を過信することなく、人間が自然界の中でいちばん偉い賢い存在だとも思っていらっしゃいませんでした。人間の能力などたかがしれている、知ったぶりをするなともおっしゃっていました。

ミサワホーム総合研究所の理事長を努めていただいたご縁で、生前、南極での出来事をあれこれうかがいました。その中で印象に残った話があります。ある時、日本から連れていった犬が鎖を切ったかと思うと、まっすぐに日本の方向へ向かって走っていったそうです。不思議に思い、それから犬の生態を注意してみるようになりました。犬ぞりを引いての移動中、ときどき止まって遠吠えをする。これは、子犬が母犬に寂しさを伝え、北海道にいる母犬と連絡を取っているのでは、なぜか西堀さんにはそう思えて、電波をとばして聞いてみると、ほとんど同時刻に母犬も遠吠えをしていたことがわかったそうです。その上、子犬が吠えるのをやめると同時に母犬もやめたとのこと。果たして偶然だろうか。犬の持つ計り知れないテレパシーが地球の表と裏をつないでいるのではないかとおっしゃっていました。科学者である西堀さんのそんな視点が私には新鮮でした。

よく、死ぬ人が枕元に立つという話を耳にしますが、これもテレパシーで、西堀さんは本当にあるとおっしゃっていました。

将来的にはこのようなテレパシーが科学的に解明され、人間同士もテレパシーで想いを伝え合うようになるかもしれません。恋人同士にはちょっと味気ないですね。

2006年10月09日

家庭でバイオ農業

バイオテクノロジーを活用した草花や果実、野菜の栽培技術の開発が、今後一段と活発化するでしょう。

光にあまり頼らずに植物の成長を刺激する方法も開発されるはずです。たとえば、音を植物に聴かせると葉の裏の気孔が開き、普通の状態より栄養分を多く吸収します。すでにサウンド農法は実用化しています。

あるいは磁場で植物の栄養素をコントロールすることもできます。同じ野菜でも一方はミネラルが多く、他方は鉄分の多い野菜がつくれるのです。これが本当の磁場野菜です。高齢化社会に向け、健康志向が高まる中、栄養管理された加工食品並みの野菜生産も可能になるでしょう。

こうしたバイオ農業によって、野菜や果物類が簡単に作れるようになると、家庭内にもバイオ園芸が普及してきます。各家庭ごとに聴かせる音楽もさまざまなら、できた野菜の栄養価もいろいろという、オーダーメイドの野菜が作れるようになります。奥さんたちの会話も「うちの野菜はベートーベンの田園を聴かせたので、やっぱり育ちが違うわ」とか、「うちの息子がロックを聴かせろってうるさいものだから、キュウリがこんなにトゲトゲしちゃって」なんてことにならないとも限らないのです。

広い家庭菜園なんかなくても、収穫性の高いバイオ植物ならば、植木鉢1つでナスやキュウリなどがたわわに実ったり、エンドウ豆がごっそり採れたりします。1週間のメニューにも事欠きません。キッチンの出窓のところに置き、1週間分の野菜を育てるというプラントがあってもいい。

いつも花や緑に囲まれ、食卓にはもぎたての新鮮な野菜や果物が並ぶというのは、都会生活者にとってはなんとも贅沢で夢のような生活ですが、実現するはずです。

2006年10月06日

種まいて家が建つ

美しい花の種は、太陽の光を浴びて、水分があれば育ち花が咲きます。当たり前ですが、そこには電気もガスも石油も使っていなければ、特別な機械が必要なわけでもありません。

ところが人工的につくるとなると、中東から石油を持ってきて、コンビナートでプラスチックを造って1次加工、2次加工、3次加工とやって、造花にします。しかし、できあがったものは、美しさでは自然のものにかないません。そのうえ高い。自然界ではほとんどコストはかかりません。

そんなことを考えてみると、今の産業のモノをつくるという仕組みは、あまり優れたものと胸を張れないという思いに至ります。工場へ行くと、モーターが回ったり、プレスがドタンバタンして大騒ぎをしています。花が咲くことに比べたら、何とばかげたことをやっているのかとつい思ってしまいます。

花が咲くように、種をまいたら家が建つ、自動車ができるという方法が考えられないでしょうか。プログラムだけを人間が作っておいて、「家の種」「自動車の種」という人工の種を作って、それを自然に育てるのです。

農業というのはまさにそういうことをやっているのです。バイオテクノロジーや生命工学といった学問はまったく新しい発想を我々に与えてくれる可能性があります。バイオテクノロジーの発想によって、ものの作り方がまったく変わってくるかもしれないのです。

今までの産業界は古いことを一生懸命、効率よくやってきたのですが、効率追求だけのやり方では、すでに行き詰ってきています。これからはまったく違ったアプローチが必要になってくるような気がします。

2006年10月04日

音のインテリア

音楽が、ストレスの解消と疲労回復に大きな効果があることは医学的にも知られています。職場などでもBGMとして音楽を何げなく流しているところが多くあります。仕事の能率が上がるからです。

これは当然のことながら、住まいにも当てはまります。快適な住環境を創造するためには“音楽”も重要な要素なのです。「住まいの中にあって人に優しく、真に安らぎを与える音」は、“環境音楽”として今後、独自の領域を本格的に切り拓いていくと思っています。

環境音楽の種類は多彩です。水の音、川の音、海の音、風の音など、自然界のさまざまな音をイメージした曲や、中世の声楽曲や器楽曲(古楽)に目を向けた中世の音の風景を現代に蘇らせたものも出るでしょう。シンプルで澄んだ音の響きが心を癒してくれます。

環境音楽と一口に言うことは可能ですが、実際にはそれをさらに一歩進めて、音楽を住まいのインテリアと捉え、サウンドデザインとして開発していくことが大事でしょう。

居間、キッチン、ダイニング、寝室、勉強部屋など、それぞれの空間にふさわしい音のインテリアがあってもいいのではないかと思っています。居間では団欒、会話が弾む音楽、ダイニングでは食事がおいしく食べられる音楽、寝室には安眠の音楽、勉強部屋にはもちろん集中力を高めたり、脳の疲れをとる音楽――といった具合いです。さまざまなイメージトレーニングにも、音楽はうってつけです。心の健康に音のインテリアがつく時代がきます。

2006年10月02日

環境映像

マルチメディア時代の家庭の姿は、面白く、楽しいものであってほしいと思います。そんな生活を応援する一つが“環境映像”でしょう。私が考えているのは、居室の壁に窓の大きさの大画面2カ所を設置し、24時間映像を流すソフトです。八ヶ岳高原と与論島などのソフトがあり、内障子を開けると八ヶ岳の景色が野鳥のさえずりや潮騒などの音声とともに映し出されるのです。

夏の暑いときに、雪がしんしんと降る冬の状況を作り出すことができます。映像は冷暖房と連動して、冷房が下がってヒヤッとする空気も流すことができます。湿度も調整され、高原の乾いた空気となり、心地良くなります。東京に居ながらにして八ヶ岳高原の冬の景色を、自然を楽しむことができるというわけです。

一方、東京の寒い冬には、常夏の島・与論島の風景が堪能できます。降り注ぐ太陽、港へ向かうヨットが進んで消えていくとった臨場感あふれる映像が再現されます。波の音と珊瑚礁のエメラルドグリーンの海、下着一枚で部屋に居られるよう空調を連動させ、臨場感を高める。まさに与論島に居るような錯覚に陥ります。

この映像ソフトをさらに発展させると、寝たきりのおばあちゃんがスイスに行ってみたいといった場合、その思いをこのマルチメディアを使って叶えてあげることができるようになります。成田空港から飛行機が出発する景色に、やがてスイスのチューリッヒの街並みが出てきて、高原へとだんだん上っていく景色。高山植物が咲き乱れ、咲く花の移り変わりを楽しむことができます。さらにリフトで山を登り、山荘に到着。相当高度が上がるので、部屋の空気も涼しくなるよう空調と連動させています。

アルプスの頂上に立つことも可能です。帰りは反対に、リフトで山から景色を眺めながら降りてきて、チューリッヒの街で買い物をする。買い物も画面上の品物を指示すれば、翌日のうちには航空便で届きます。家に居ながらにしてアルプスに登って、お土産を買って帰ってきた、という旅を満喫することができるわけです。体験型のマルチメディアで可能になる時代がやってくるでしょう。

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