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HABITAは、MISAWA internationalの大断面木構造住宅の新ブランドです。新しい200年住宅の時代を作ります。



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2007年02月28日

可山優三(かやまゆうぞう)

これは学校の成績が可が山ほどあり、優が3つしかないということです。俳優の名前ではありません。得意の分野があって、あとは不得意ばかりという学生のことです。私はこのような方を優良な人材と考えております。

社会にでて大きな組織の中で、自分の得意な分野に活かせれば良いわけで、すべて優である必要がないわけです。むしろ、特徴がはっきりしていたほうが、社会にでて大きく貢献できるということではないでしょうか。好きこそものの上手なれと昔からよく言ったものです。採用する側からしてみたら、○○君は何が優れている。○○さんは何が優れているかというのかがわかり、適材適所に配置できるわけです。会社として、社員に対しての最大のプレゼントは適正に合ったチャンスを与えることができるということですから。

可山優三をおすすめします。

2007年02月23日

インターンシップとダブルスクール

大学3、4年生で自分の進路に迷い、結局決めることができずに大学院に進む人が増えてきているようです。これについて私はいかがなものかと思っています。


大学は春、夏、冬と1年に3回休みがあり、進路決定まで少なくとも7回もあるわけですから、いろいろな職種でアルバイトをしてみて、自分の適正を試すことができるのです。その仕事にハラハラドキドキするのであれば、それがその方に合った仕事なのでしょう。銀行でお札を数えているのを見たり、ディーリングルームを見たりしてハラハラする子供は銀行で働けば良いでしょう。自動車の部品を組み立てるのを見てハラハラする子供は、自動車メーカーで働くのがよいのではないでしょうか。


自分が何を好きかということは、実際にそこに居合わせないとなかなかわからないものです。例えば結婚みたいなもので、いくら手元にデータがあり、お父さんが立派な方で、一流の学校を優秀な成績で卒業していることがわかっても、実際に結婚する本人同士が会って、お互いに意気投合しなければうまくは行きません。学生時代に仕事に巡り合う機会があり、いろいろな経験をすることによって、2年生の終わりごろまでに進路が決まっていれば良いのですが。

企業も最近はその点を理解し、学生を受け入れるようになりました。アメリカでは常識です。ミサワホーム時代にはアメリカMITの学生を夏休みにインターンシップで受け入れたこともあります。言葉の違いがあり、お世話が大変でしたが、良いことをしたと自負しております。

最近の学生は大学に通いながら専門学校にも通っているケースが多くなり、大変よいことだと思います。要領のいい学生は、自分の大学の他に、他の大学教授の授業を受けている方もいます。違法かどうかはともかく、2つの大学に通う学生もいるようです。欧米の多くのリーダーは文科系を卒業すると、もう一度、理科系の大学、あるいは大学院にいく方が多く、あるいは、就職をしてからまた通学する方が多いようです。

人間の可能性を引き出すために、また能力を高めるために、異分野の学習をすることが人生で大切であるというくらい、日本の社会も余裕が出てきているということでしょうか。

2007年02月21日

好きなことを見出す

お父さん、お母さん、また先生が、子供たちの好きなことを早期に見出せれば、それは子供たちにとってとても幸せなことだと思います。好きこそものの上手なれと言うように、大人になって好きなことを仕事に活かせれば、楽しく仕事をすることができます。元来、成功者にはこのタイプが多いのではないでしょうか。

幼いときに手先が器用ということに気付き、その才能を積極的に伸ばしてあげられれば、将来はエンジニアになるかもしれないですし、また美しいものに目がない子供は芸術家になるかもしれないのです。得てして子供は、親や祖先の血筋を引き継いでいるので、彼らの才能がひとつのヒントになるかもしれません。

子供が幼いときに好きなものを見出してあげることが大切で、仕事で家事に余裕がないお父さん、お母さんよりも子供と一緒にいる時間の長いおじいさん、おばあさんが気付いてあげられることが多いのかもしれません。

2007年02月16日

よい学校区

少子化とはいえ、子供をよい学校に行かせたいという、両親の希望はますます強くなってきています。公立はともかく、私学、それも進学率のよい学校へとなると、遠距離通学ということもあり、事故に遭わずに安全な通学をというのがご両親のいちばんの思いでしょう。

学校には電車、バスを使わずに、徒歩でいけるのがいちばん望ましいのです。それには極端な場合、小学校から中学、高校へと学校を変わるたびに住んでいる場所を変えることだって必要になります。孟母三遷という言葉があります。孟子の母は子供の教育環境を考えて、3度引越しをしたという故事ですが、実際にそうするのが理想なのでしょう。

いい学校がある住宅地を選ぶのが大切です。近くによい学校があるかどうかは、地価にも影響します。よい学校の運営には当然お金がかかります。アメリカでは成功者が学校に寄付をする場合が多いようです。日本では、大きなデベロッパーが、公益な土地を開発し、学校を誘致して土地の評価をあげるという手法をとる場合もあるようです。冗談話ではなく、「裏口入学付分譲地」という例もありました。

私もミサワホーム時代に長崎に「オナーズヒル長崎新山手」という、700宅地の比較的規模の大きな分譲地を手掛けました。電線、電柱も埋設して、環境にすぐれたニュータウンでしたが、開発地の中央に学校を誘致して、裏口入学付きとはいかなかったものの、土地の評価は上がり、現在、長崎での高級住宅地になろうとしています。

2007年02月14日

マンションの子供は社会性がつかない?

都会では土地が高いため、マンションライフが普及しています。私は夫婦共働きで、鍵ひとつの生活をするにはマンションをお勧めしています。お子さんがいないご夫婦にも手間がかからないのでよいでしょう。しかし、お子さんがいるご家庭ではいかがでしょうか。

子供がマンション、特に高層マンションに住むと、公園や友達の家など遊びに行くたびにエレベーターに乗り降りしなければなりません。結構大変です。それが無意識のうちに積み重なり、だんだんと億劫になり、ついつい出歩かない子になってしまいがちなのです。それが高じると、引っ込み思案、内弁慶になり、社会性が乏しい子に育ってしまうのです。

戸建て住宅の場合、友達が騒いで家の前を通っただけでも気配を感じ、顔を出して、「勉強を終わったら遊びに行くから」と声をかけたりもします。友達付きあいのできる、人間関係も保てる子供に育つのだと思います。

今、地方でも高層マンションが普及し始めていますが、戸建て住宅と比べたとき、確かに戸建ては庭の手入れ、落ち葉の整理、道路の掃除、家の手入れなど面倒なことがたくさんあります。しかしその分、人付き合い、社会性など子育てのうえでメリットが多いと思うのです。

2007年02月09日

大家族主義

核家族がよいか、大家族がよいか。さまざまな議論がされているようです。

お嫁さんにとって、舅、小姑は難しい人間関係かもしれませんが、子供にとっては2組の親がいるようなもので、父母から教えてもらったこと、おじいさん、おばあさんから教えてもらったことがあります。若い父母の経験より、何倍もの人生経験を重ねている、おじいさん、おばあさんの考えを聞くことで、人によっていろいろな考え方を持っているということを学ぶのです。

社会に出て、大勢の人とお付き合いする。あるいは大きな組織の指導者になる場合、人間にはいろんな考えがあるということを学ばなければやっていけません。大家族主義は、主婦の家事労働を軽減するためと、軽く考えているお宅もあるようですが、大家族主義にはしつけを始め深い意義がたくさん含まれています。

アメリカの成功者の多くが大家族主義です。先祖代々からの大切なことを継承していこう、その家ならではの家風などを受け継いでいこうというわけです。日本は高度経済成長を通じて、大都市に若者が集まってきました。その結果、都会では核家族という不幸な連鎖が始まったわけです。

今、日本が陥っているさまざまな現状をもう一度考えてみることが大切です。毎日一緒に暮らすのがわずらわしいということであれば、マルチハビテーションとして週末、家族が、兄弟が、子供が、山や、川など、自然があるところに集まり、一緒に過ごしてみるのもいいのではないでしょうか。

2007年02月07日

個室は子失

ブログをちょっとお休みしていましたが、2月から再開いたします。これまでに書き忘れたこと、書き残したことなどを書き綴っていくつもりです。

戦後豊かな社会を迎えるなかで、子供部屋を与えることが、子供の自立を促し、個人を尊重できるとして、望ましく、良いことだという風潮がありました。

しかし、欧米では子供部屋はありません。寝かせるときだけ個室に行かせます。「子供部屋」ではなく、「寝室」なのです。子供は普段、親と一緒に生活をします。それは、子供は生まれたときは動物と同じ、しつけをすることで初めて「人間」になっていくのだと思います。しつけが終わるまでは親が目を離さないほうが良いのです。

ここまで申し上げると、何か思い当たる節があるのではないでしょうか。個室を与えられた子供はわがままになってしまいます。当然、親の監視下におかれないのですから、何をしても自由だと考えてしまうのです。期待通りに勉強している子供はどのくらいいるのでしょうか。個室ばかりで過ごしている子供は家族とのコミュニケーションが悪くなり、その子供は友達とも、先生とも社会ともコミュニケーションの下手な子供に成長してしまいます。

最近、昔では想像もつかなかったおぞましい事件が報道されていますが、個室に問題の一端があるように思います。

昔は個室がなく、兄弟が襖によって仕切られた部屋に住んでいました。たとえばお兄ちゃんが受験ということになると、ラジオを聴いている隣の弟は勉強に差し障りがあるということで、ボリュームを下げて聴いていました。このような何気ない日常生活から、他人に優しくする練習が始まっていたのです。また、襖越しにお父さんとお母さんの嘆きの話を聞いてしまうこともよくあります。「お兄ちゃんは最近遊んでばかりで困ったことだ」などと、襖越しに聞いた親の嘆きは不思議とよく理解します。面と向かって父親にお説教をされ、正座をさせられれば、納得半分、反発半分が事実でしょう。音が筒抜けになる襖の構造は、家族が幸せに暮らし、幸せに成長するための知恵もあったのです。子供に個室を与えて、鍵までつけていることを、子供を失うと書いて「子失」と言っている先生もいるくらいです。

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