子供のころを思い出す家
NYにお住まいの芸術家、荒川修作先生が東京三鷹に「天命反転住宅」を造りました。竹中工務店による施工で、3階建て9戸のマンションですが、写真をご覧頂ければお分かり頂けるように、常識をはるかに超えた作品です。色は原色で、形は今までの住宅様式にまったくこだわらない、変わったものでした。形はあらゆる曲線を使っており、建築には常識とされる、水平、垂直の建物ではありません。さらに変わっているのは、部屋が球状になっており、玉のなかに入って生活することです。床が平らではありませんから、寝そべって読書をするというものです。
荒川先生は、「この部屋は母親の胎内に居た状態を思い出す」と言っていました。床は茶碗を伏せた形になっているため、立って歩くことが出来ません。赤ちゃんのようにハイハイをしながら生活することになります。次に浴室が変わっていて、上から見ると+(プラス)の形になっています。4人が同時に腰掛に座り、足を投げ出して入ることができます。もちろん首までお湯に浸かることもできます。この家では家具、調度品はすべて天井からワイヤーで吊るして使います。既成概念を全て取り払った設計になっています。アニメ作家の宮崎駿さんや尼僧で小説家の瀬戸内寂聴さんもご覧になられたそうです。
私は、中に入って1時間ほどは、この様な不自然な家にあきれ果て、誉めるわけにも、けなすわけにもいかずに戸惑っておりましたが、2時間いると次第に落ち着いてきて、「こういうのもあるのかな」と思うようになりました。建築物が平らでできていたり、直線でできていたりするのは、生産性を挙げる合理的な理由だからであり、本来人間が好む形ではないのかもしれないと気が付きました。2時間して退席するときには、居心地が良いというのは少し言いすぎかもしれませんが、「これもあり得る」と妙に納得しておりました。荒川先生は芸術家ですから、住宅としては意味のないことをされたわけですが、狙っていることは、人間の子供の時、胎内にいた時、さらに言うと祖先のことを思い描く空間を造られたのだと思います。たしかに床を這いずり回っていると、小さい頃育った田舎が懐かしくなってきました。丸い球の中にしばらく座っていると、まるで母親のお腹にいるような気がしてきました。胎児の記憶が甦ってくるかもしれません。
もうひとつ、お風呂の意味を教えて頂きました。生物はかつて水の中から生まれました。やがて陸に上がり、人間が誕生したと言われています。お風呂はそのかつて水の中で育ってきた、古代の記憶を呼び覚ますというように、荒川さんは考えられているようでした。200年住宅を手がけるにあたり、家族の絆、日本の文化、日本の歴史を考えるだけでなく、生命の誕生がいかなるもので、子供がどう成長していくのかを考えさせられた、内容の濃い1日でした。