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集成材の今昔

本日はHABITAの供給元である、吉野の林業関係者の方々に挨拶をしてきました。

その中でお会いした方から頂いた書籍をご紹介します。これには集成材の歴史がよくわかるように書いてあります。現在でも集成材の耐久性に不安を持っている方が、まだいらっしゃいます。中には、「集成材は接着材を使っているから水に濡れたら剥がれるのでは」と心配されている方もいらっしゃるとか。以前にもご紹介しましたが、改めてご紹介します。

 

―佛教文化と集成材―
日本の文化といえば、佛教文化といっても過言ではない。538年に朝鮮の百済から初めて仏像、教論が日本に伝えられ、大陸の近代文化が宮殿や寺院の建築はもとより、仏像の彫刻から衣服、道具等、あらゆる社会生活が共に大変革されていったのである。


仏像彫刻の始まりは、前記飛鳥寺の金銅製の釈迦三尊だといわれるように、日本の仏像彫刻は金銅仏から始まっているが、7世紀には楠材を使った木彫像(法隆寺の百済観音像、中宮寺の菩薩像等が現存)が造り始められた。その当時の木彫は、一本の木材から木取りして、一体の像を刻み出すものであるが、一本造りの彫刻は、制作後年数がたつにつれ、乾燥などにより当然干割れが生ずることが多かった。それを防ぐために、芯去り材を使用したり、像の体内を刳り貫いて空洞にして、干割れを防ぐ方法を行ったりしている。


しかし、この方法だけでは、完全に干割れを防ぐことは出来なかった。10世紀中頃になって、寄木造りの技法が誕生する。この寄木造りとは、複数の材を乾燥してから木取りをして、別々に彫刻した後、再び矧ぎ寄せて完成さすか、乾燥材を矧ぎ寄せてから彫刻するかの方法で、現在の集成材の技術と全く同じである。


東大寺の南大門の阿形、吽形2体の仁王像は、仏師運慶、快慶によって建仁元年(1203年)に造られているが、高さ8m余の仁王像2体が小仏師16人の手を借りたとはいえ、僅か、75日の短期日で完成させている。これは仏所において各部分を彫刻するという、組織的な分業がなされた結果だと推定される(平成3年の国宝解体修理で、この2体いずれも3000個余の寄木で出来ていることが確認された)。


貝本林業株式会社 発行  貝本 冨之輔 著「集成材の今昔」 より抜粋


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コメント

集成材の今昔 どちらで購入できますか?

24時様
お問合わせありがとうございます。


「集成材の今昔」ですが、さっそく発行元に問い合わせたところ、10年前に貝本さんご自身で出された書籍(自費出版)とのことでした。

残念ながら現在購入することは難しいとのことです。

また何かございましたらお問合わせください。

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