MISAWA international

HABITAは、MISAWA internationalの大断面木構造住宅の新ブランドです。新しい200年住宅の時代を作ります。



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2008年12月30日

世界同時不況を乗り越えて 
                 環境経営で勝つ

住宅寿命の見直しでCO2を削減 国産材利用、物流の最適化で実現した200年住宅(日経BP社私の講演より)


欧米に比べ、圧倒的に短い日本の住宅寿命が見直されようとしている。
福田前首相も「200年耐用住宅」をアピールし、国会では優良住宅促進法が審議されているなど、見直しの動きは加速している。住宅はいったいどれだけの環境貢献ができるのか。200年住宅の実現を目指して事業化した再生できる家:HABITAの地球環境に対するポテンシャルについて

 日本の住宅の平均寿命は大変短く、30年程度とされています。米国が44年、英国が75年という数字と比較して非常に短いことが分かります。
 住宅を30年で使い捨てにしてしまうと、多くの資源が無駄になります。それではいけない、環境にも良くないということで、長持ちする住宅について、世界の古民家などを対象に研究を進め、ミサワ・インターナショナルでは昨年より「200年住宅」の事業化を開始しました。

世界の200年住宅の共通点

 昨今、地球温暖化が急速に問題化してきています。以前、私が創業したミサワホームでは、40年前に南極基地の建物を建設しましたが、当時は氷の上に建てたものが、現在は土の上になってしまいました。国内でも、第二次世界大戦が終わった頃には沖縄にしか生息していなかったシロアリが、大阪万博の年には大阪で確認され、現在は北海道以外の全国に生息地域が広がっています。住宅の土台を食い荒らすシロアリは、日本においては温暖化の一番身近な実害となるかもしれません。
 東京大学の山本良一教授は、「人類の誕生が0時で滅亡が24時とすると、現在は21時である」と表現しています。そして、滅亡を防ぐためには「あらゆる環境効率を10倍にしなければならない」と言っています。「FACTOR10」と呼ばれるものです。3年前は「FACTOR7」でした。この3年でそれだけ事態が進行しているということだと思います。日本の住宅の平均寿命は現在30年ですから、10倍というと本当は300年耐用が求められますが、200年であれば「FACTOR7」は実現できますから、まずそこから取り組んでいこうと思っています。
 私が訪れた世界160の地域には、200年以上建っている住宅は数多く存在します。日本国内でも344軒調査しましたが、これは水周りの改築などを施していない数で、施したものを含めると1万軒ほどの200年を超える家屋が今も使われています。
 こうした200年以上経過している建物に共通している点は、多くが木造ということです。木材は地産地消で地元の木を使用し、大断面で乾燥した木材を露出させています。空気に触れさせることで、木に呼吸をさせ、長持ちさせています。そして、屋根の勾配がき
つく、雨がすぐに流れ落ちる設計となっています。
 鉄筋コンクリートの住宅は200年以上、鉄骨構造は100年以上の歴史がないのです。日本で200年住宅を実現するには、木造が一番いいのです。地元の木材を使用すること
も大切です。新潟では杉で家を建てますが、この杉材を長野に持っていくと腐ってしまいます。逆に長野の家で使用される唐松を新潟に持って行くと曲がってしまいます。木材は100km移動すると駄目になってしまうのです。

国産材住宅でCO2削減に貢献

 木造住宅は、世界の木材生産量から考えると、200年以上持たせないと木材の生長が追い付かなくなってしまいます。CO2」の吸収量は樹齢20年の木を100とすると、樹齢80年の木は20程度しかありません。成長過程では多くのCO2を吸収する木も、大きくなってしまうとあまり吸収しなくなってしまうのです。
 国内で植林された樹木の多くは、第二次世界大戦後に植えられたものですから樹齢は60年ほどで、CO2の吸収量は、だいぶ落ちています。そろそろ伐採を行い、新たな木を植林する必要があるのです。
 国内の森林は、年間1億㎥生長を続けていますが、実際に活用されているのはその20%程度です。外国産の木材は、地元の木ではないため弱く、特にシロアリに弱い。しかし、価格は国産材に比べて安価です。国産材が高いのは、山元で切り出された木材が市場に出された後、製材所、乾燥所、集成材工場、防腐処理工場、プレカット工場を経て現場に運ばれるため、それぞれの移動に費用がかかってしまうためです。
 しかし、山元から直接工場に運び、プレカットまでを済ませるコンビナートのような施設ができれば、簡単に計算して1㎥当たり8000円程度の費用を節約できます。その分を山元に還元できれば、山の仕事にも人が戻り、日本の森林をもっと有効活用できるでしょう。ただ、このような施設は日本全国で九州に1カ所、それに近いものが関東に1カ所あるだけです。
 住宅を建てる際の費用の3分の1は物流費が占めています。海外から木材を調達し、国内で流通させ、建築現場にも多くの施工業者が車で乗り付ける。その移動距離を合算すると、16万kmにもなります。地球一周が約4万kmですが、その4倍もの距離を移動しなければ家が建たないのです。その移動には、もちろんCO2の排出が伴います。
 国産材を使用するミサワ・インターナショナルの「HABITA」では、この移動距離を1.6万km程度まで削減を目指しています。さらに、200年住宅を実現するために、国産材を利用し、
木材を表面に露出させた「現し(あらわし)工法」を採用しています。そして、物流の合理化を徹底することで、リーズナブルな価格になります。将来的には、風力や太陽光などの自然を利用したエネルギーの自給自足や、生命工学により、健康な人生と、食の問題も視野に入れています。また、100年住宅ローンを実現し、毎月の支払い額を少なくすることや、長く同じ
場所に住むことによるコミュニティーの形成まで含めた街づくりの在り方も検討しています。
 竪穴式住居に始まる日本の住宅は、病気を避けるために高床式になり、大陸文化の流入によって寝殿造りとなりました。そして、戦火が続く時期には火災に強い武家屋敷となり、平和な時代が続けば数寄屋造りが発達しました。こうした変化は、ほぼ400年ごとに起こっており、数寄屋造りが生まれてから既に400年が経過しています。環境をキーワードにした新しい200年住宅に切り替わる時期に来ているのだと思います。
(日経BP社設立40周年記念プロジェクト2008東京国際環境会議の私の講演より)
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優れたデザインも200年住宅の条件(桂離宮は400年)


2008年12月25日

人を育てる、百叩き

企業は人材が育たなければならない。人材をどう育てるのか。今日は、徹底的に叩く人材の育て方を書きます。部下が、新しいことをしたい場合は、計画書を書かせ、2度、3度は投げかえす、最初より上手く書けている方がない。やめてしまう人、やめない人と分かれる。社長の自分の意見は後半に入れる。30回、40回書き直し、100回も行えば、事業のあらゆるケーススタディが想定でき、部下も、自信を持って事業を進められる。リクルートさんの創業者の江副社長は、東京大学を出て、ベンチャーで事業を大きくされたのは、百叩きがあったからです。江副社長が、リクルートを離れられても、リクルートが上手くいっているのは、優秀な経営者が育ったのです。沢山の人財がいるからです。リクルートを飛び出した優秀な経営者も多くいます。その意味で、江副さんは大経営者の一人だと思っています。その一人、リクルートで回線サービス事業と中古車情報誌カーセンサー事業を立ち上げた多田さんがいます。多田さんは自動車が好きで、北京ラリーに参加され戻られてから、私が応援して、キャリア転職の専門情報誌とサイトのタイプ事業で上場された。
私の欠点は、自分でアイデアを出して事業を進めてしまうことです。反省しています。これでは、人材は育ちません。
現在、HABITA事業との提携をお考えで、部下に任せて、なかなか結論を出せない会社さんがあります。このような方法で、部下を育て、事業を進める方法もあるのだと思います。

2008年12月24日

山本良一教授からお手紙をいただきました

本日、東京大学生産技術研究所 山本良一教授から、お手紙と新著「温暖化地獄ver.2-脱出のシナリオ」をいただきました。
お手紙には、地球は温暖化地獄の一丁目(夏の北極海氷が臨界点を超えて消滅しつつある)に入り、二丁目(グリーンランド氷床の全面溶解の開始)と向かっているようです。二丁目から三丁目あたりまで行くと“気候戦争”の危機もあると指摘されています。一丁目に居る間に環境革命/エコイノベーションによって地獄からの脱出を図る必要があります。世界は2050年までに温暖化ガスの半減を目指し、金融崩壊による経済の後退を環境革命で突破しようと動き出しました。「温暖化地獄ver.2」は、問題に関する世界の動向と小生の考えをまとめたものです。
御高覧の上、御批判いただければ幸いです、とありました。

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200年住宅 パラダイムシフト 3
核家族から大家族へ

昔の家は音が筒抜けでした。お母さんが“ご飯ですよ”と言えば、家族みんなが集まってきた。テーブルに一緒に座って食事をしながらコミュニケーションができていた。いまの家は個室の集まりだから音がシャットアウトされてしまって、呼んでも出てこない。家族で食事をしないことは家庭崩壊が始まっていることです。
ましてや核家族になっておじいちゃん、おばあちゃんがいない。昔の家はお父さん、お母さんの親と、おじいちゃん、おばあちゃんの4人で子どもを育てるから子どものためになった。
霊長類の中でなぜ人類だけが増えて、猿が増えなかったかご存知ですか。猿の社会にはおじちゃん、おばあちゃんがいません。子育ては時間がかかる。子どもが育ったら次の子どもを生みます。オラウータンは3年に1回しか子どもを生めない。
ところが人間はおばあちゃん、おじいちゃんが子育てを手伝うから年子でも生むことができた。人類の繁栄は、おじいちゃん、おばあちゃんの体制によっているのです。そして、おじいちゃん、おばあちゃんが孫に長い歴史を伝えていた。今、核家族で子育ての手伝いがいなくなって少子化になっている。
共稼ぎは必要なのでしょうが、子どもを保育園に預けているのは変です。おじいちゃん、おばあちゃんがいれば子育ての手伝いや、鍵っ子対策にもなります。孫の面倒見がおじいちゃん、おばあちゃんの生きがいにもなる。
この根底には高度経済成長の時に、田舎から都会に働きに来て所帯をもち、核家族で子どもを育てた。これは実家を捨ててしまったことになる。もう一度家族を見直す時がきています。

2008年12月22日

200年住宅 パラダイムシフト 2
文明から文化へ

世界一のお金持ちのロックフェラーの住宅が和風住宅であることをご存知ですか。中村外二棟梁が建てた30坪ほどの数奇屋です。
ユダヤ人で美術品の収集家としても有名です。お金持ちですから、大理石の豪華な住宅をいつでも建てられる人が数奇屋を選びました。ロックフェラーは日本に住んでいたことがあり、日本文化の良さを知っている。中村外二さんから聞いた話によると、日本の上足文化。玄関で靴を脱ぐと体が楽で、家の中が清潔だと。白い足袋の女性が歩いても汚れない、それはすばらしいと理解していたようです。
畳を敷きつめていることはいってみれば、絨毯を部屋全体に敷きつめていることです。最新のニュヨークスタイルは、玄関で靴を脱ぎます。畳のかわりにシャギーカーペットで足を投げ出し、ごろんとなって寛ぐのが最新式。日本人は座布団を二つに折って枕としてごろんとやっている。千年以上こうしたスタイルを私たちはやってきた。これは、床が清潔だからできるのです。足にも楽で、上足文化のいいところです。
日本の建具は引き戸で、これはドアに比べてとても上等です。引き込まれるので場所をとらないし、閉めたときにバタンと音がしない。障子の断熱性と光のコントロールする機能もすばらしく、美しい。
床の間は、人の上下関係をつくります。長押は、上は神様のいるところで、われわれ俗人は下にとしました。日本の文化です。
欧米の部屋は、家具がないとただのがらんとした空間です。倉庫のようなもの。和室は家具がなくとも床の間があることで部屋の空間はまとまっています。
湯の文化も日本だけ。湯にゆったりとつかると三つの得があります。健康になり、反省をし、勉強をするのです。
これについてはまたゆっくりとお話いたします。
日本の家は文明ではなく文化です。

2008年12月16日

新規提携店懇談会
「HABITAの価格には、お客様も納得」

毎週、月曜日は新規提携店懇談会を開催しています。新規にHABITA提携企業になられた会社の方にご来社いただき、私と高橋副社長、営業推進の石川常務、建築推進の北川常務、木材の品質管理の折田部長と、HABITA事業が軌道に乗るように、皆さんと打合せをしています。
昨日は、静岡県のHABITA静岡第一建設さんの大原社長が参加されました。静岡第一建設さんでは、年間100棟の住宅建築の実績をお持ちです。従来、静岡第一建設さんの木造住宅は坪単価が50万円までで、坪単価60万円の大手住宅メーカーの住宅をお選びになるお客様には、残念なことに競合負けすることも多かったそうです。
しかし、HABITAをおすすめするようになって、大手住宅メーカーと競合しても充分戦え、坪単価60万円でも、充分お客様に納得いただいています、とのお話でした。静岡第一建設さんは、県内の建材メーカーを集めた大規模な催しを盛大に開催しています。また、静岡第一建設さんは、自社でプレカット工場をお持ちで、販売と建設、工場加工を一貫でやられている大原社長の優秀な会社さんです。HABITAのプレカットの加工もご協力いただくことになっています。

2008年12月15日

2008東京国際環境会議 
「HABITA200年住宅の役割」講演反響
参考になった88.2%

11月5日に、日経BP社主催の2008東京国際環境会議で、「HABITA200年住宅の役割」のタイトルで講演をいたしました。大企業の経営・環境・CSRに関連した幹部の方が多数参加されていました。私の講演についてのアンケート結果も出まして、「とても参考になった」48.5%、「参考になった」39.7%と、約9割の方が興味を持たれ、自由記入では「三澤社長の話が一番おもしろかった。危機感も一番感じた。」という感想もいただきました。参考になったという感想は、東京大学 小宮山総長の基調講演「新パラダイム産業で世界をリードする」に次ぐ評価をいただけたことになります。手前味噌な報告となりますが、HABITA200年住宅の環境への取り組みに多くのご支持をいただけたことは、強い自信となりました。
なお、講演の内容は、今月発売の日経BP社の経営誌6誌の別冊「環境経営で勝つ」として添付されています。よろしかったら、ご覧ください。

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200年住宅パラダイムシフ ト 1
西洋文化から日本文化へ

江戸から明治になって日本は欧米に追いつこうと、その範を西洋文明、文化に求めていました。
日本は単一民族国家として「和をもって」をよしとしてやってきた。他民族国家であるアメリカは、はっきりさせなければ主張が通らない。白黒をハッキリつけるのが流儀です。戦後、日本人は、白黒ハッキリさせるのが近代化と思ってしまった。それも言葉に出して態度で示さなければならない。夫婦間でも毎日、アイラブユーと奥さんに言う必要がある。それは、私は勘弁してもらいたい。夫婦は阿吽の呼吸でいい。
ここに来て、どうもアメリカ流の流儀は居心地が悪く人との関係がぎすぎすしてしまった。その反省がいまあります。

2008年12月11日

HABITAぐんま・木の家の星野さんが
提携企業を4社紹介

HABITA提携企業のHABITAぐんま・木の家の星野さんから提携企業を4社ご紹介いただきました。木の家さんは、HABITA提携企業として実績を着々とあげておられます。群馬県に、HABITA提携企業がまだ少ないこともあり、真住研HABITAさん、HABITA高崎ナディアホームさん、HABITAアドバンスホームさん、HABITA共立設計さんの4提携企業さんをご紹介いただきました。、茨城のHABITA大崎木材店さん、東京のHABITA東京組さん、青森のHABITA マルキ齋藤組からも、提携企業さんのご紹介をいただいております。今後の提携店の展開に自信を持てる訳です。喜ばしいことです。現在、約170社のHABITA提携企業さんが、1社ずつご紹介いただきますと、提携企業が340社になります。また、ご紹介いただきました提携企業さんと、世界の200年住宅を視察するツアーを行う話も出ています。

200年住宅の集客力

200年住宅が話題です。今、建設業界は不況で、いろいろなイベントをやってもお客様が来ない、オープンハウスにもお客様が来ない、ローコスト住宅、フランチャイズも一巡して、お客様が集まらなくなっています。その中で、HABITA200年住宅は話題になり、集客に成功しています。
8月、石川県のHABITA北国さんでは、モデル住宅オープンの広告で合計約1,500件のお問い合わせがありました。9月、千葉県のさんぶの杜で開催した「200年住宅」発表会には、1,214名のお客様をはじめ、合計1411名の方々が来場されました。11月、埼玉県のHABITAダイケイホームさんのモデル住宅発表会見学会では5日間で62組141名の来客がありました。11月、東京都のHABITA高政工務店さんでは、チラシ3,000枚で、30組の来客がありました。200年住宅には集客力があります。

2008年12月09日

200年住宅 パラダイムシフト

物理学者のアインシュタインはこんなことを言っています。「いかなる問題も、それをつくりだした同じ意識によって解決することはできない」。今、世界は閉塞状態に入っています。この世界同時不況には新たな発想がなければ救われない。200年住宅はその一つのギアであると思っています。

2008年12月08日

伊藤忠都市開発さん、来社

本日、伊藤忠都市開発株式会社の方が来社されました。伊藤忠都市開発さんは、日本全国で住宅分譲の事業を展開しております。
私と、伊藤忠さんとの縁は深く、以前ブログでも披露いたしましたが、伊藤忠商事株式会社の創業者の伊藤忠兵衛さんの熱海の別荘に呼ばれ、若い頃、しっかり怒られたことがあります。
私の年代は、伊藤忠商事さんの会長も歴任された、元大本営陸海軍参謀の瀬島龍三氏の瀬島学校の生徒の年代で、「なぜ、日本は戦争をしたか」「今後、日本はどうしなければならないのか」をご指導いただきました。
また、前社長の丹羽会長の民意を取り入れておられる経営姿勢には学ぶところが多く、ときおりお会いしております。丹羽さんは、社長時代、通勤に電車を使い、電車の中の広告から、民意を感じとっておられました。尊敬しております。

2008年12月03日

鹿島建設、常任顧問南谷さんに会う

鹿島建設株式会社さんで、6月まで副社長として建設部門のトップをされていた常任顧問の南谷さんに会いました。
南谷さんは、私の同級生で、二人が鹿島建設さんに入社し、一人が南谷さん、もう一人は武藤研究室にいて超高層ビルの草分けの霞が関ビルを始め多くの超高層ビルの建設に携わった安達さん。南谷さんは、はじめに神奈川支店の現場を担当し、営業を推進し、鹿島建設さんに、大きな業績の貢献をしました。学生時代の成績は、安達さんが一番で、南谷さんと私は、そこそこでした。南谷さんはまじめな人柄で、成功されました。鹿島建設さんの1300か所の全現場を回り、お一人お一人に手紙を出されていたようでした。現役の厳しい面影はやや少なくなり、柔和な南谷さんに戻っており、学生時代を思い出す一日でありました。人付き合いの大切なことを思い知らされた一日でした。

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