NASAとシステム産業
1.NASA(National Aeronautics and Space Administration, 米国航空宇宙局)は、1958年10月1日に、前身の国家航空諮問委員会(NACA: National Advisory Committee for Aeronautics)から4つの航空研究センターを引き継ぎ航空技術の研究、および軍事部門を除く宇宙開発のすべてを担う政府機関として、設置されました。本部はワシントンにある。
2.設置背景1957年10月4日に、ソ連が人工衛星スプートニクの打ち上げに成功した。
米国政府はこのスプートニク・ショックで、宇宙開発に遅れを取り戻すために、それまでに従軍・海軍・陸軍でバラバラに行っていた宇宙開発任務を統合し、1958年10月1日にNACAを母体としてNASAを設立した。
3.アポロ計画NASA設立3年後の1961年5月に、ケネディ大統領は議会に対する演説の中で、アポロ計画を発表した。
ケネディ演説:「……私は、1960年代末までに人間を月面に着陸させ無事に地球に帰還させる、という目標の達成を我が国が公約すべきと考えます。この時期に考えられる宇宙計画で、これほど人類の注目を集め、これほど長期的な宇宙探査にとっても有用性の高いものはなく、また、これほど達成困難で費用を要するものもありません…」

4.産学官連携による組織形成
NASA組織は、ワシントン本部にある事務組織とその下に設置された10のフィールドセンターからなる(2009年現在)。フィールドセンターは数多くの研究所や契約企業と共同で研究開発を進める。それぞれのセンターは、研究・開発・宇宙船や人工衛星の組立や打ち上げ・管制などの実務を担当し、事業計画の策定と予算案の立案まで行っており、独立性が高い。
各フィールドセンターはNACAのほか、大学や陸海空軍から組織の移管を受けている組織であり、アメリカ各州に所在している。
たとえば、アポロ宇宙船の開発および運用を担当した有人宇宙船センターは、NACA出身の航空技術者を主流とし、空軍や産業界出身のシステム技術者が加わって成立した組織で、所在地はテキサス州である。アポロ計画に用いられた巨大なサターン型ロケットを開発したマーシャル宇宙飛行センターはアラバマ州に所在し、陸軍から移管されて成立した組織である。
5.NASAのシステム工学とローカルの技術コミュニティ
アポロ宇宙船の部品は百数十万個、同計画に関わっていた研究所や企業は約2万社にも及ぶ。NASAは巨大な宇宙計画プロジェクトを実現するために、バラバラになっていた技術手法をシステム化(規格化・形式化)し、マニュアルやハンドブックを通じて手続きを細部まで規定することによって技術開発を進めてきた。
それに対し、各フィールドセンターに所属している技術者や提携企業の職人が形成している技術コミュニティには、自らの経験、直感や裁量を重んじる方々が多く、システム工学の導入に抵抗があった。しかし、アポロ計画の成功に命運をかけた彼らは、独自の技術文化を守りながら、システム工学を取り入れることにした。
このように、NASA本部と技術コミュニティの技術者・職人が互いの立場を理解し、協働する基盤のもとで、米国の国家プロジェクトが成功につながったわけである。
アポロ計画が将来の巨大産業に通じる、組織を調べてみた。

参考文献
佐藤 靖(2007)『NASAを築いた人と技術-巨大システム開発の技術文化-』東京大学出版社。